恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□2話 春U
2ページ/5ページ
【瑞紀side】
最近、男友達が一人増えた――
『だからそこはこっちの公式使って、んでこれをこっちに代入する。ほら出来た、はい次こっち』
「―――…やべぇ、わかんねぇ。ただの数字の羅列にしか見えねぇし」
『それさっきと同じやり方だし。お願いだからいい加減憶えてくれ。同じこと言いすぎてゲシュタルト崩壊しそうだから』
「だー、くそ!なんで数学なんかあんだよ!」
『その疑問は尤もだけど言い始めたらなんで世界が存在するのかまで考えなきゃならないから止めろ。良いから手と頭を動かして』
「なんだよそれ。哲学かよぃ」
『数学は哲学だってどっかの学者が言ってたな。ほら、早くしないと昼休み終わって次の授業悲惨なことになるけど』
「うっわ、あと10分しかねぇ!」
そう、次の授業は数学。
それで、宿題があったことをまるっと忘れてたらしい彼に、昼飯返上でさっきから昏々と教えてるんだけど。
数学が本当に苦手みたい。まぁ確かに、証明問題とかなんて深く考え始めたらド壺にハマるよ。
それにしても、見事な紅い髪だな。これが地毛っていうんだから世の中神秘だ。どうやって色素作ってんだろ、丸井の身体は。
「神谷せんぱーい!どこですかー?」
『ん?切原か、あれは』
「あ、先輩いた!」
『おー、なんだ。随分と威勢が良いな』
いきなり廊下から大きな声が聞こえたかと思ったら。
切原赤也。今年一年に入学してきた後輩だった。
ていうか、物凄い嬉しそうな顔してるけど、どうしたお前は。
「って、あれ。丸井先輩じゃないッスか。先輩達、同じクラスだったんスね!」
「あ?あー、赤也じゃん。なんでこんなとこにいんだ」
「神谷先輩に会いに来たんですよ!」
「は?神谷に?」
「神谷先輩、見て下さい!教えて貰ったお陰で、英語の小テストいつも以上に点数取れたんッス!ほら!」
『そうか。まぁ頑張ったのはあたしじゃなくてお前だし。良かったな』
50問中23問正解で46点っていうのがまた微妙だけど…まぁ、本人としては過去最高らしいから良しとしよう。
こっちは英語が大の苦手らしい。
なんで英語なんかあるんだ!って叫んでたから、それ言ったらなんで言葉があるのかまで議論しなきゃならないから止めておけと言っておいた。
「神谷、赤也も知ってたんだな」
『知ってたっていうか、泣きつかれたっていうか』
「なんだそりゃ」
「丸井先輩はなにやってんスか?」
「俺は数学をコイツに教えて貰ってるとこ…って、やべぇ!あと4分もねぇし!」
「神谷先輩って教え方上手いッスよね!また今度も教えて下さい!」
『時間があったらな。上手いかどうかは知らないけど。あと3分26秒、やり終えなかったら褒美ナシ』
「ちょっと待てよ、時間止まれ!」
『時間止めたら全部止まる』
「ご褒美ってなんのことッスか?」
『んー?時間までにこの宿題終わらせられたら、なんかお菓子作ってあげる的なこと言った』
立海は進級直後に学力テストがある。そこで赤点だった科目は問答無用で補習、プラス合格点が取れるまでテストをやる。
それは新入生も同じ。この切原は特に英語が駄目ダメで、いつまで経っても合格点にならなかった。
部活が丸井と同じテニス部なのは知ってる。そしてそこの柳蓮二と真田弦一郎に、合格点取れるまで自習だって図書室に縛り付けられているところに遭遇したのは記憶に新しい。
いや、別に手助けしようと思ったわけじゃないんだけどな。
少し、そう、ほんの少しアドバイスみたいなものをボソっと言ったら、なんか泣きつかれた。文字通り言葉通りのマジで。
「なんスかそれ。めっちゃ羨ましいッス!先輩、俺にもなんかご褒美下さい!」
『犬か。ていうかもう予鈴鳴ったから戻れ』
「えー、なんか下さい!」
『わかった。わかったから揺さぶるな。なんか作るから』
「絶対ッスよ!じゃあ先輩達また!」
「よっしゃー!終わったぜぃ!」
『お、マジか。じゃぁもう席戻る』
「おぅ、さんきゅーな」
これはもう弁当食べてる暇はないか。まぁ良いけど。
愛美や小百合とは学期末テストの度に一緒に勉強して、そこで教えたりすることがあるからこういうのは慣れてる。
普段からも、ちょくちょく教えてくれとか言われることは多いし。
ただまぁ…なんというか、あたしは皆が言うほど勉強が出来るわけじゃないんだけどな。
神谷はやっぱ頭良いな、とか、瑞紀は頼りになる!とか色々言われるけど。あたしは、ただやってるだけなんだけど。結果が結果なだけで。
「つきっきりだったな。メシは良いのか?」
『んー、別に。食べなきゃ死ぬわけじゃないし』
「最近さ、神谷ってあいつと喋ること多いよな」
『あいつって丸井?多いっていうか普通じゃないか?クラスメイトだし』
「まぁそうだけどさ。正直、意外っていうか」
『?なにが』
「丸井がどうのっていうより、チャラい系とはあんま話さなそうとか思ったから。軽そうなヤツとか」
『あたしが?ていうか、チャラいって…別に、チャラくなくない?丸井って』
隣の席の荒井にそう答えながら、またか、って少し思ってたりして。
第一印象とか、イメージってある意味おそろしい。それひとつで、他人との接し方がガラっと変わる。
なんだろう。こっちは…ていうか本人としては、たとえば好きなことを好きなようにやったり、頑張ったり、あるいは勉強みたいにやらなきゃいけないことを最低限やったりしてるだけなんだけど。
たったそれだけで、出た結果とかで人って周りから勝手なイメージをインプットされる。
で、あたしの場合はいわゆる優等生。
え、なにそれ?って思うんだけど、元々の外見もあってよくそう言われる。先生なんてその筆頭格。やめてほしい。
だから、神谷さんって本当はそういう人だったんだーってビックリされることが多い。
まぁ、そういう、が悪い方向じゃないのはまだ良かったか。
『仮にチャラいとして、丸井と話しちゃいけないとかないと思うけど。むしろ軽くてなんか悪いの?』
「いや、だからいけないとか言ってないだろ。怒んなって」
『いや、だから怒ってないだろ。まぁいいや』
なんかなー…ああ、別に荒井にムカついたとかじゃないんだけどさ。てか、ほんとに怒ってない。
それに、そういうのはある程度しかたないのはわかってる。人間だもん、で説明できる。そういうものだし。
あたしだって、誰かを見て意外とか思ったりするし。
さり気なく丸井の方を見る。
視線が合った。ていうか、なんかこっちの方見てたっぽい。
特に意味もなく少し首を傾げたら、にっと笑ってひらっと小さく手を振ってきた。だからこっちもなんとなく、無言でひらっと手を動かしてみる。
先生が教室に入ってきて、あたし達はそれぞれ姿勢を正した。