恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□5話 初夏U
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関東大会、初日が終わった。
「む、雨が降って来たな」
「あーっ!俺、傘持ってきてないっす!」
「なにをしているんですか、まったく…今朝の天気予報で、夕方から雨模様だと言っていたでしょう。ただでさえ梅雨の時季なのに」
「赤也らしいぜ」
「ピヨ」
「これから夜まで降り続ける確率100%」
「そういう準備や用意も、スポーツマンには大事だよ赤也」
柳生にひたすら落とされ、
ジャッカルに呆れられ、
仁王から変な声を出され、
柳から容赦なく予報を告げられ、
幸村くんにやんわり説教され。
赤也は肩を落とした。
ま、俺も俺で「自業自得だぜぃ」って言ってやったけど。
ただまぁ、だからっつってこのまま後輩がびしょ濡れになるのを、黙って見てるわけにもいかねぇしな。
仕方ねぇ。ここはひとつ、傘に入れてやるか。
そう思って口を開きかけた時だった。
『ほら切原』
「へ?」
マヌケな声を出したのは赤也一人。
けどそれは、たぶん、その場にいる全員の内心の声でもあった。
ていうか、少なくとも俺はそう。
赤也の手から傘が生えた。
んなバカみてぇなこと思っちまったほど、あまりにナチュラルだった。
だから、我に返るのが遅れたんだ。
「おい、ちょっと待て神谷!」
「神谷さん、お待ち下さい」
柳生の声と重なった時にゃ、アイツは既に十数メートルは向こうにいて。
俺は開きかけた傘を持ったままダッシュして、全力疾走して追いついた。
腕を掴んで引き止める。
『うわっ!?』
「ちょっと待てって!ったく、なにやってんだ」
『なにって、いやそっちこそいきなりなに』
「そのセリフ、そっくりそのままお返しするぜぃ」
不毛なやり取りをしつつ、俺はバっと傘を開いた。
既にちっと濡れちまってるが、まぁ許容の範囲だろぃ。
その間に、幸村くん達も追い付いてきた。
通り過ぎざま、赤也に傘を渡してきたのは神谷だった。
「あの、神谷先輩、これって一体?」
『傘』
「じゃなくて!」
『貸されるの嫌だったか?』
「あなたが濡れては元も子もないでしょう」
『元も子もあるだろ。切原が濡れて風邪でも引いたら面倒だろうし』
「俺はそんなにヤワじゃないっすよ!」
「たわけ!言うところはそこではないだろう」
「神谷さ、このまま走って濡れて帰るつもりだったろぃ」
『たまには濡れるのも一興』
「答えになってねぇっての、ったく」
『まぁ、あたしはどっかの選手でもなんでもないし。多少は平気』
「多少の範疇じゃねぇよ、この雨」
「これで素なんだから末恐ろしいぜよ」
『はい?』
今度は仁王が全員の内心を代弁した。
神谷はいわゆる「天然チャン」じゃねぇ。今も、下手にとぼけたわけじゃねぇみたいだ。
赤也が濡れるほうが面倒、ってただそう思ったから貸してきたらしい。
「ほら、入れてやるから一緒に来いよ」
『良いのか』
「良いから言ってんだ」
『じゃ、ありがたく』
「ふふ、これでひとまず安心だ」
『なんで幸村が安心するんだ』
「ひとつ、俺からツッコんでも良いか」
「なんだよ柳」
「元々神谷はこの傘を持ってきていたのに、その神谷を傘にいれてやるというのは些かおかしい気がするんだが」
「・・・・・・・」
…そりゃそうだ。
反論のしようもない。
『細かいことは気にしない方向で』
「細かくはないと思うのだが」
『結局、切原は傘ないんだろ?これからみんながどこ行くか知らんけど、家に帰るまで使いなよ』
「でも、それじゃ神谷先輩が…」
『気にするな』
「気にしますよ!」
晴れていれば、この後は学校に戻ってさっそく練習だったんだけどな。
この雨だ。部室でミーティングってことになるだろ。
延々と言い合いながら、俺達はとっく駅に着いてた。
つーかさ、自宅からの最寄り駅が一緒の俺が、神谷を家まで送れば良くねぇか?
そうすりゃ、誰も濡れねぇし。
だろぃ?