恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□10話 初秋
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そう叫ぶなり、ブン太は部屋から出て行った。
これはしばらく、戻ってこなさそうだな。ふふ…ちょっとイジりすぎたかな?まぁ反省なんてしてないけれど。
藤田さんは少しポカーンとしてる。
それにしても、ブン太も案外、純情だよね。
神谷は……あれ、なんかブツブツ言ってるな。
『うん、そうだよな。なにかを選択するっていうことは、その何かと他の何かが同列な場合なんだから、つまり同列じゃないってことだよな、丸井は。
だから「選んだ」っていう言い方がしっくりこないわけで…えーっと、あれ?さっきあたし、ホっとしたとか言った?言ったよな?あれ、なんでだ?なんで
…そういえば、丸井が近くにいると家より気持ちよく眠れてるような…ん?同列じゃないってことは、なんだ、あれか?特別?え、なにが?荒井とかじゃなくってなんで丸井かって?
だからそれはつまり丸井が良かったからで…あ、最初に戻った。あれでも、丸井もさっき同じこと言ってたよな…ん?じゃなんで丸井はあたしだったんだ?えーっと―――
―――あ、わかった』
「え?」
『小百合達の質問の意味、ちょっとわかった気がする。だから「なんで」って聞いたんだな』
「ほーほー、つまりつまり?」
『丸井と一緒にいると安心するから。だから丸井が良いって思った』
うっひゃぁ…!び、びっくりしたぁ…
いきなり誰かのケータイ鳴るんだもん。びっくりびっくり。
あれ?確かそれって丸井君のだよねぇ?誰からだろー
「着信だな。相手の名は…『ジロー』?」
『ああ、それじゃ氷帝の芥川慈郎って子だな…って、丸井いないし。おーい、まるいーどこ行ったぁー?』
「―――そして、自分が探しに行くことに微塵の疑いも持たない、か…これは、だいぶ脈ありと見て差し支えないか」
「というか、今、俺達って盛大にノロけられたって考えて良いのかな?」
「ていうか、え?え?眠れてるってどういうこと?え?なになになにー??」
「藤田は落ち着きんしゃい。早とちりはいかんぜよ」
「だが、『安心するから』というのは、ブン太が男として意識されているのかいないのか、微妙なところだな」
「ふっふっふー、それは違うのだよ糸目参謀」
「うん?」
「あのねぇ、あの子にとって男相手に『安心するから』っていうのは、ある意味『好き』よりも最上級で最大の気持ちなのさ!
さすがは参謀だねぇ、男性恐怖症かって聞いてきたのはあんたが初めてだよ」
「つまり?」
「男性恐怖症ではないよー、そこは本当にね。ただねぇ、前にちょっとねー」
ブン太と神谷が出て行き、俺達五人が部屋の中に残っている。
佐藤が少し複雑そうな表情で話し始めた。
海辺近くの旅館ゆえ、潮風が窓から吹き込んできて心地よいな。
どこからか、風鈴の音も聞こえる。
「瑞紀がさぁ、バレエやってたことは知ってるよね?あんたらのことだし?」
「まぁね。でも、『やってた』?やめたのかい?」
「あの子は辞めたつもりはないよー。でも、少なくとも通ってたお稽古場は辞めざるを得なくなったってとこ。
あのね、簡単にいえばセクハラに遭ったの。ほら、バレエって男性と組んで踊る場面があるっしょ?それで組んだ相手に男にねー。セクハラ兼ストーカーみたいなことされたわけよ」
「なにそれ、超サイテー!!」
「別にねー、さっきも言ったけど、だからって男性恐怖症になったわけじゃないよ?
でも、そんなことがあったから、たぶんあの子にとって“男”っていうのはそう簡単に“安心”できる対象にはならないってわけ。
もちろん、黒天使君とかのことが嫌いとか苦手ってわけじゃないよ?」
「要するに、精神的な感覚の問題だよね。そう、そんなことがあったんだ」
「それで、今もそのバレエとやらは再開できてないんじゃな?」
「それもある。けど、瑞紀がバレエ出来ない理由はもう一つあってね――ドクターストップ、かかってるの」
そんな大事なことを俺達に話していいのかい、って尋ねたら
あんたらは秘密を自慢して喋るより自分達だけで独占したいタチの人種でしょ、って答えが返ってくる。
まぁ、確かにその通りだよ。俺達の性格をよく把握してるね。
それに、神谷の親友だっていう彼女が自分から話してきてるんだから、良いのかな。
「そのセクハラ兼ストーカーに遭ってたのってね、運悪くも舞台の直前の時期でさ。そういうのって、なかなか相談できることじゃないし?あの子、めっちゃ我慢して練習してたんだけど
…それが祟って、リフトって男性側が女性側を高く上げるポーズやってる時に、タイミングずれて瑞紀、落下しちゃったの。それで脚を怪我しちゃった」
「治ってないのかい?」
「手術はした。でも、なんか他のスポーツとかは平気なのに、バレエだけ駄目ってさ。
意味わかんないよね、あんなにバレエ好きなのに、楽しそうに踊ってたのに、バレエだけ駄目ってなんなの!?って感じ。全部あの男のせい」
「もしかして、市場商店街で神谷が踊ってた時、佐藤があんな顔をしていたのはそのためか」
「あー…うん、まぁその通りだねー。ドクターストップかかって以来、身体的に出来ない以上にあの子自身が踊りたい気持ちに蓋してきたから。
だから、あんな楽しそうに踊ってて、しかも男子の丸井君と一緒にっていうのが、なんかもうすっごい嬉しくて…」
「泣かないで〜、泣かないで〜愛美ぃ。よーしよーし、いいこいいこ〜」
「泣いてないわ!!」
なるほどのぅ。あの何でもないような光景が、実はかなり貴重だったわけじゃ。
ある意味で“安心”が“好き”よりも最上級、ということの意味がわかったぜよ。
神谷自身、どこまでそこらへんを自覚しているのかは、知らんがの。
ブンちゃんと神谷がどことなく仲良くなり始めて、それは単に同じクラスになったからとしか思ってなかったが
…なにかほかにも、接点でもあるのかの。
そういえば、自宅からの最寄り駅が一緒だったか…そこらへんで、なにかあるのかもしれん。
『もうちょっと待って、芥川君。たぶんあと少しで見つか――あ、いた!おーい、まるいー!!』
「な…なんだよ神谷」
『はい電話。氷帝の芥川って子から』
「え、マジで?さんきゅ――あー、もしもし?ああ、うんまぁ、そうなんだわ。今、修学旅行で沖縄来ててよ。別に良いぜ?今はもう自由時間だし少しくらい」
『芥川慈郎って確か、関東大会にもいてなんか試合以外はグースカ寝てた子だよな。確か丸井の大ファンで、自分と丸井の試合の時だけ起きてたような気がする。
あー、潮風気持ち良い。(丸井も座ったら?ここちょうど石垣階段だし)』
「(ああ、そうだな)へぇ、そうなんだ。んでよ――ん?今度?ああ、別に良いぜ。俺の天才的妙技たっぷり拝ませてやるよ。そっちは調子、どーなんだ」
『なんだろ、やっぱ丸井の隣って落ち着くし安心する。それに、丸井もなんであたしだったんだろ……なんか眠くなってきたし……ふぁ』
「ああ、さっきの?まぁクラスメイトっつぅかダチっつぅか……は?俺のかの…ってちげーよ、そういうんじゃねーってば!いや誤魔化してねぇからな!?嘘なんかついてねぇって!
いやだからホントに…そういう感じに思ったっつわれても(…って、お、おい神谷?)」
『ZZZzzz…』
「(よっかかって寝るとか…っとに勘弁しろよ)…あ?ああ、いやなんでもねーって。んじゃまたな―――おい、おい神谷?ったく、こんなとこで寝るなっつぅの…」
『…んー……』
「あーもー、良いよ寝ろよ。肩くらい貸してやるっつぅの。はぁ…お前な、俺が男だって意識あるのか?
さっきだってあいつらの前で『丸井が良い』とか連呼しやがって…頼むから他の野郎にこういうことすんなよな」
『ZZZzzz…』
「ふふ…黄色いリボンのお姫様は王子様の隣でお休みかな?」
「佐藤に言わせれば、他の男だったら彼女のあれは絶対にあり得ないと言ったところか」
「そのとーり!あんな無防備なことしないっての!」
「しっかし、王子様の方は大丈夫かの。ブンちゃんは意外とヘタレぜよ」
「え、なになに?どこどこ?わたしにも見せてよー!」
王子様とお姫様、二人の友人の密やかなお喋り