恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□16話 冬T
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丸井家の玄関を開ければ、神谷瑞紀専用のスリッパがあって
リビングを覗けば、チビッ子二人と紗奈恵さんから「おかえり」って言われて
台所に立てば、やっぱり神谷瑞紀専用の食器やらエプロンやらがあって
テーブルの席の位置だって決まってるし
洗面台を見れば、やっぱりやっぱり、専用の歯ブラシにコップに
脱衣所には、紗奈恵さんの字で「瑞紀ちゃん」って書かれたバスタオル。
丸井家に、いつの間にか、神谷瑞紀の存在がそこかしこに浸透してるこの状態。
嫌なわけはない。絶対にそんなことはない。
そして丸井家全員、さもそれが自然かのように受け入れてる。
だから、そういう意味じゃ良いんだと思う。
けど、それでも「良いのかなぁ」って思う気持ちを誰かわかって。
『(う…ヤバイ、改めて意識したらなんか照れてきた)』
顔が赤いのは風呂のせいだと思いたい。
この半同棲状態に感覚が慣れて来てる自分自身が、あらゆる意味で一番ヤバイだろ。
たとえ
仮に
もしも
あたしが丸井のカノジョだからって、普通、ここまではしないはず。
――――あの、あたしが高熱出して倒れて回復した日からだ。
いや、うん、なんとなくわかってた。
なりゆきで家庭事情を話す必要性が出て、そうして話した結果。
どんな意味にしろ、特に直接あの家を見て事情を話した紗奈恵さんと丸井が、素知らぬフリはしてこないだろうってことは
なんとなく、わかってた。
『あらぁ、瑞紀ちゃんが気を遣う必要なんてないわよ?』
『瑞紀ちゃんには悪いけど、あの家に貴女が一人でいるんだって思ったら、安心して眠れないもの』
『ただのお節介よ。ウチの安心料だと思って?その か・わ・り』
『悪ガキ三兄弟のこと、よろしくね?』
・・・・いや、もう、なんか
紗奈恵さんの笑顔が迫力満点すぎるのなんのって。
ほっぺに指一本あてて、小首傾げてウィンクしてニコって笑う
それがママ世代にして似合いすぎる丸井ママは最強だと思う。ほんと。
それでもって、丸井パパからは
紗奈恵はどっかの動物保護団体みたいな「かわいそう」「助けなきゃ」っていう感情論とは無縁の人間だよ、って言われて
挙句、長男からは
怒ったお袋は幸村君の黒い笑顔や真田の裏拳より怖いぞ、って駄目出しされた。
曰く、どこにいるとも知れないあたしの身内に、もし会ったらどんな罵詈雑言並べたててやろうか、今から考えているらしい。
丸井ママ怖すぎだろ。
そして、なんといっても遼太君と翔太君だ。
回復したあの日、結局は二人が離してくれなくてまた一泊して
翌日の夜、二人が寝静まった後にお礼を言って丸井家を出たわけなんだけど
・・・・・・・そこから半日も経たないうちに、再び丸井家にトンボ帰り。
どうやら、目を覚まして「おねーちゃん」がいないってわかった途端、
遼太君が大騒ぎして、翔太君がベソかき始めたらしくて。
丸井家は小一時間くらいてんてこまいになった挙句に
おねーちゃんプリーズ・カムバック状態になったとかなんとか。
玄関飛び出してきた遼太君に飛びつかれて
今度こそ本気で尻もちをついたのは記憶に新しい。
幼稚園児恐るべし。
『(あの家、そんなに酷いのか…?いや、不気味なのは自覚あるけど)』
丸井の通訳によれば
“おうち”じゃないから、あそこに行って欲しくないそうな。
もはや帰る場所って認知すらされてないっていう。
で、そこから今日まで、早くもひと月以上が経過。
・・・・・・・思わず「ただいま」って口走るほどには、この状態が日常化してる現在。
つまり、学校から丸井家直行の割合が9割以上。
ついでに言えば、“今日のお夕飯は○○よ”っていう紗奈恵さんからのメールは毎日で
週に何回かは、“□□がないから買ってきてちょうだい”とも。
これ全部、丸井にも送られてる。
あ、いや違うか。丸井のと同じメールがあたしにも送られてきてるのか。
―――そんなこんなで、とりあえず出た結論っていうのがコレ。
どうやら、この賑やかな丸井家には“家にひとり=ありえない”っていう理論が存在するらしい。
だから。
良いのか?って思うのは、世間体を気にしてるとかでもなくて
あたしの超個人的な心情の問題デス、ハイ。