恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)
□20話 晩冬T
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【瑞紀side】
「早退して良いですか」
顔を見て、どうしたんだぁ神谷、って聞いてきたクラス担任の先生に即行でそう答えて、クラスメイトの笑いをとったのはついさっき。
いや、笑い事じゃない。マジで笑えない。カンベンして。
かなり切実な願いだったんだけど却下された。
なんなんだ、今日のこの状況。
カオスすぎる。
『…水野、もう一度言って。誰に関してどんな噂が学年問わず広まってるって?』
「だから、神谷に関して、神谷を誰が落とせるかって話題が学年男女関わらず密かに話題沸騰中で、今日その黄色のリボンをどの男子がゲットするのかめっちゃ皆が注目してるんだよ」
『ご丁寧な説明をどうも』
「神谷、お前ほんとになんも気付いてなかったんだな、この話題っつーか噂」
『他のこと気にしてる余裕が皆無だった。ていうか、なんでこのリボンが賭けの対象になってんだ、ふざけるな』
死んでも絶対に誰にもやらない。
一時間目が終了して、こっちに遊びに来た他クラスの水野や安藤とかが「ドンマイ」って苦笑してきた。
それで、客観的目線として、一体どういうことになってるのか尋ねたらそんな有様らしい。
今日は放課後まで平常心を保とうと思って来たのに、なんか余計な邪魔をされた気分。
誰のせいでも誰が悪いわけでもないのはわかってる。
けど、もう既に一日分の体力気力精神力を消耗した気がする。
「珍しくイライラしてんな、神谷」
『イライラっていうか…自分が異常現象の中心になるなんて微塵も思ってなかった』
「神谷さぁ、自分が堅実にモテてんの自覚ねぇの?荒井はまぁ別として、俺らはお前のこと女友達って感じだけど、それでもかなり魅力的なヤツだって思ってるんだぜ?」
「真面目でソリの合わない堅いヤツかと思ったら、実は真顔で俺らとバカやってくれる面白いヤツだし」
「地味系、チャラい系、ギャル系、清楚系、スポーツ系、オタク系。一年にも三年にも女子にも密かにかなりファンいるぞ?」
『どこのアイドルの話だ』
「「「お前だっつーの」」」
モテるモテないっていう感覚は、正直よくわからない。
ただ、事実として、確かに二年生になってから告白されたことはある。それは認める。
何回なんて数えてないから覚えてないけど。でも、相手のことは覚えてる。
その全員、友人って形で落ち着いて現在に至ってるわけで。
教室の自分の机に肘をついて、ため息ひとつ、とりあえず脳内復習。
…確かに、思い返せば、ここ数日の周囲からの視線は妙だったかもしれない。
それは、この変な話題のせいだったらしい。
こっちは、たった一人のことで頭一杯で、本当に気にしなかったし今の今まで気付かなかった。
なるほどな…まぁ、確かに今日は、その手の話題が最高潮に盛り上がる日だ。
世間一般的に見ればそう。別に、あたしはそういうのが煩わしいとかは思わない。
ただ、いつもは「ああ、盛り上がってるな」って傍観してて、たとえば友達から良い報告が入ってきたら「おめでとう」って言ったりして。
そうやって過ごしてきたから…こればっかりは、予想外すぎる。
「テニス部の奴らと良い勝負だな」
「しかも今日に限っていつもとちょっと違う髪型してきやがるし。それ失敗だぜ?」
『失敗とか言うな。意味がわからん』
「怒んなって。いつもと少し違うと余計男子が注目して大変だっつー意味だよ」
「けどよ、そういえば丸井のヤツはどうしたんだ?あの態度のお陰で女子が更に騒がしいぜ」
「本命のヤツがいるから誰からのも受け取らないってぇなことを宣言したっぽいな」
「ああ。誰なんだろうな、今日マジでコクんのかな」
「じゃねぇ?にしても、丸井って結構、一途だったんだな」
「このクラス、今日は大変だぞ」
休み時間。普段よりも騒がしいのは、きっと毎年恒例で先生も諦めてる。
水野達と同じように、チラっとその方向を見る。
綺麗な赤い髪。
朝から女の子達が、なんとかプレゼントを受け取って貰おうと必死。
―受け取ってください!
―先輩、好きなんです!
―深い意味はないの。ただ食べて貰えれば嬉しいから…駄目かなぁ?
―好きな子って誰ですか!?
―ワタシじゃ駄目ですか!?
―この子、凄く一生懸命作ったの。ね、受け取ってあげて?
・・・・とにかく、色んな言葉が聞こえてくる。
けど、彼はそのどれも、頑として一切受け取らない。
申し訳なそうに、でも、少しの隙もなく断っていく。
勢いで渡してしまおうって子も結構いるけど、全部跳ねのけて。
彼だけじゃなくて、テニス部のレギュラーはいわばアイドル的存在だ。
だから、芸能人に対するみたいな憧れって感じで、そういう感覚で渡したいって子もかなりいると思う。恋愛的に好きとかじゃなくて。
それは多分、彼もわかってるんだろうけど
…それでも全部、断ってる。
本気なんだな。
その、好きな子のこと。
「神谷?」
『トイレ』
「気をつけろよ?どっか連れ込まれないようになー」
「お、あそこにいんの佐藤じゃね?おーい、佐藤!神谷についてってやれよー!!」
「お前は神谷の兄貴か」
「いやでもよ、今日は真面目な話、気をつけねぇとじゃね?」
「まぁそうだけどさ」
廊下に出ても、中庭に行っても、今日は気分転換になんてならないらしい。
むしろ教室にいた方がマシ。
いや、勘違いしないで欲しいけど、これでもあたしは邪険にしてるわけじゃない。
ただ、慣れないことだし、話題のことに少しお手上げ状態っていうだけで。
アタシもちょうどトイレ行くトコ!っていう愛美と一緒に、教室とトイレの間を行き来する数メートル、時間にして5分未満。
たったそれだけの間で、「ごめん」を3回言った。
同じこと言い過ぎてゲシュタルト崩壊しそう。
そういえば…あたしも登校してから気付いたけど、なんで丸井は今日このアレンジにしたんだろ。
とりあえず、これを失敗とか言われたくないのは確かだ。