恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)

□20話 晩冬T
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【瑞紀side】







 四方八方から飛んでくる色々な視線を交わし、

 なぜか一種のゲームだと勘違いしてる誰かさん達からリボンを死守し、

 もう何度目かの「ごめん」を言い終わった昼休み。






 クラスが離れてる愛美と小百合が「ちょっと待ってて、すぐ戻るから!」って言うから廊下で待ってる現在。

 その間も、告白じゃないけど、意味ありげな視線や若干の同情と好奇心一杯な言葉をかけられ続ける。






 ため息、ひとつ。

 けどこれは、疲れたというより―― 一種の焦燥感のせい。







 放課後、と思っていた。

 けど、もしかしたらその前に、丸井がその子に告白するなりなんなりして、こっちの気持ちを伝え損ねる状態になるかもしれない

 ・・・・よくよく冷静に考えてみたら大いにあり得る、その可能性。気づいたのが、さっきのこと。







 そうと気づいたもんだから、元々今日は余裕なんかなかった心が、どんどん切羽詰まっていく。

 まだ、誰からも丸井はプレゼントを受け取ってない。

 待ってるのか、それとも、その子は彼に特にそういう気はなくて、だから彼から告白しに行くつもりなのか…。






 ―――そんな風に、窓辺にもたれてグルグル考えていたから

 周りが少し、ザワついたことに気付かなかった。








「瑞紀ちゃん、だよね…?」








 その声に、咄嗟に飛びざすった――のは、内心の気持ち的にってだけ。

 実際の身体は、特に動じることはなかった。

 瞑っていた目を開けて、何食わぬ感じで相手を見る。







 我ながら、こういうタチで良かったとつくづく思う。







『どうも』

「良かった、無視されるかと思ったよ」

『そんなことしませんよ。それで、なにかご用ですか?』







 ヤダ瑞紀ちゃんったら、大等部の人からも人気なの?

 ――そんな声が聞こえてくる。






 相手はこっちの名前を確認してきたけど、こっちは別に尋ね返さなかった。

 特に必要性を感じなかったし。







「凄い人気だね」

『見てたんですか』

「まさか。噂って言うのは風に乗って聞こえてくるものだよ。特にこういう類のものは」

『それが要件になにか関係が?』

「あるっちゃあるかな。単刀直入に言うよ。もう一度、オレとやり直して欲しい」







 ――嫌な予感は当たった。

 この場で一番言って欲しくないことを言われて、でも、やっぱりそこまで動じなかった。

 間髪いれずに即答する。







『却下です』

「少しの考える余地もない?」

『皆無です』






 周りのザワつきが、波紋みたく広がっていくのがわかる。

 嫌な汗が手に滲むのを自覚する。






 それでも、この顔は動揺を顔に出さない。

 いや、そもそも動揺はしてないんだけど。






『根本を訂正しますけど、あたしは貴方と交際をした覚えはありません』

「その髪型、可愛いね。リボンも似合ってる」

『そうですか』

「誰かにあげる予定はあるの?」







 ノーコメント――そう応じようとした時、後ろから何かが飛んできて、その人の顔面にクリーンヒットした。

 同時に、校舎を揺るがすんじゃないかってほどの、大音量の鋭い声。







「瑞紀に近づいてんじゃないわよっ!!!」






 愛美だった。あたしと、その人の間に立つ。

 その後ろから小百合も駆け寄ってきて、あたしにギュっと抱きつく。






 事情が皆目わかってない周りの子達は、状況が飲み込めずに「?」になってる。

 当たり前だけど。







「あんた…あんたが…っ!!この子に近づく資格があるとでも思ってんの!?例え瑞紀が許してもアタシは絶対に許さないから!!!」

『愛美、落ち着け。小百合も、大丈夫だから。強がってるわけじゃないし』

「瑞紀は落ち着きすぎなの!!」

『いや、こんなとこで事を大きくしたくないから、ほんと落ち着い――』

「三人とも、どうした」

『うわ、また新たな人員が…』







 愛美の声が聞こえて、駆けつけてきたんだろうな。

 柳と真田がまず近づいてきて、何事かと聞いてくる。






 はぁ…参ったな。

 とりあえず、この人とはなんか話すにしても後日にしたい。

 今は引いて貰うのが得策だ。






 ・・・・・そう思って、さっさとこの場を収めるために口を開いたのに。








「瑞紀からバレエ奪ったのがこの男なのっ!!!」

『あゆ――…あぁもう、なんで言っちゃうかな』

「ほぅ…すると、この中等部の校舎で浮いている貴方の名は、東條大輔か」






 …流石はデータマンの柳だな。そのノートに、この人の情報も書いてあるのか。






 そうしているうちにも、ジャッカルとか仁王とか柳生とかも集まって来て。

 どこからか、一年の切原までもがやってきた。

 正直、ここから逃げたい。あらゆる意味で。






 ぽん―――頭に、温もりがひとつ、置かれた。

 振り返らなくてもわかる。

 視界の隅に、綺麗な赤。







「深呼吸」







 小さく小さく、耳元で言われて

 そこで初めて、少しばかり息を詰めていたことに気づく。








「大等部の先輩がどのようなご用かは知りませんが、もうすぐ昼休みが終わります。話ならば、時を改めた方が良いと思いますが」






 真田があたしの一番言いたかったことを代弁してくれた。

 その真田としては、この人とあたしのことを抜きにしても真っ当な正論を言ったに過ぎない。そんな目をしてる。





 けど、たぶん、だけど。

 愛美のさっきの叫びで、このメンバー全員、もう察してると思う。

 今も敵対心をむき出しにしてる愛美の態度と雰囲気もあって、この人に向ける視線は決して好意的じゃない。







「あれれ、もしかしてオレ、あんまり歓迎されてないのかな?瑞紀ちゃん、頼もしいお友達たくさんだね」

『……』

「うん、なかなか、良い目をした子達だ。でも、なんだか男の子ばかりでハーレムみたい。あ、ハーレムは女の子の方だから逆か。流石、男たr――」

「それ以上言ったらその首、へし折るぜよ」






 仁王も、さすがだ。

 今の、のほほんとした流れで、次になにをこの人が言おうとしたかわかったとか。

 近くにいるあたし達にだけしか聞こえない音量で、いつらしからぬ雰囲気。

 この人も、思わず口を閉じるしかなかったみたいだな。





 仁王がそう言うと同時に、今度はその人と愛美の間に、スっと柳が立つ。

 データをとる時みたいに、ノートを広げて。






「東條大輔、23歳、立海大附属大等部5年。身長179センチ、体重63キロ、生年月日は19XX年5月27日。
 東條グループの次男で、家の方針により幼少よりクラシック・バレエを習い、現在は所属していたバレエ団から強制的に除籍されている。その理由は――これ以上先をここで暴露して欲しいか?」






 ただデータを朗読してるだけなのに、この妙な迫力はなんだ。

 柳がこんなことをしている意味がわかってない周りは、やっぱりやっぱり唖然としてる。






 この人の能面みたいな笑顔、久しぶりに見たな。

 今は多分、意地だろうけど。

 去っていく後ろ姿を、特に感慨もなく見送った。
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