恋の移ろいは季節と一緒に(立海/丸井オチ)

□番外 抱きしめたい
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結局、その後は教室に帰らねぇでそんまま部活に行った。
若干挙動不審なのを目敏く気付いた何人かに追及されたけど、死んでも言うか。




「ブン太?帰らねぇのか」

「あ?あー、教室に筆記用具とか置きっぱでよ。先に帰って良いぜぃ」

「そうか?」




部活が終わって、ジャッカルにそう答えて俺は教室に向かう。
さすがにもう誰もいないだろぃ。

はぁ、あんな風に教室飛び出して、明日ちゃんと顔引き締めて来れるかね。




「………ん?」




誰か、いる。
しかも、俺の席に。

シーンと静かな校舎の中で俺の足音だけ聞こえてて、ドアを開けた余韻がやけに廊下に響いてた。




「…神谷?」




電気もついてないから、わかりづらかったけど。
見間違えるはずもない、俺がやったタンポポ色のリボンを微かに揺らして、机に突っ伏して神谷が寝てた。

思わず周りを見回してから、もう一度見る。
なんとなく、そのまま、前の席の椅子を引いて後ろ向きにまたがって眺める。

…極力、さっきのを思い出さないようにするために、誤魔化すように神谷の髪を指先で弄んだ。








他に誰もいない
昼と夜の狭間の時間

俺達を包む暗さと秋の寒さが
俺とコイツ二人きりを更に強調してる気がして



………俺の机で眠る神谷を、今すぐ抱きしめたい欲が湧く。









「……」




もし本当にそうしたら、神谷、お前はどうすんだろうな。

同じように抱きしめ返してくれるか?
それともビックリして固まるか?

それとも――嫌がって拒絶すんのかな…




「はは…なに考えてんだ、俺」




基本的に楽観的でポジティブな俺だけど、コイツとのことになると全然違ぇ。
少し前まで、そんな一面が自分にあるだなんて思っちゃいなかったのにな。

ずっと、いつまでもこうしていたい。
でも流石にそれは色々とマズイし、そろそろ時間も時間になってきやがった。

小さく溜息をついて神谷を起こしにかかる。




「神谷、神谷。おい、起きろって。風邪引くぞ」

『……ん、…』




コイツの寝起きの顔とかすっげぇ可愛いんだよな、とかまたそんなことを思う。
目をこすりながらボーっとしていた神谷は、俺に目を向けてコテンと首を傾げた。




『……ま、るい…?』




・・・・・・・・。

だ、か、ら。
そういうのは反則だっての…!!

なんなんだよその無防備!




「はぁ…目ぇ覚めたか?」

『うん…えーっと、もう部活とか終わった?』

「まぁな。つーか、なんでこんなトコで寝てたんだよぃ」

『あー…ごめん』

「いや、別に謝ることねぇけど」




まだ完全に眠気が飛んでねぇのか、覚束ない。
そして案の定、立ち上がってフラっと身体が傾いた。

神谷のことだから一人でもこけることはねぇのかもしんねぇけど、危なっかしくて俺は咄嗟に手を伸ばす。




「おい、平気か?」

『んー…ちょっと眠いけど』




そこで、ふと気付いた。
そうしてまた俺はビシっと固まる。

いや、どんだけ自意識過剰なんだよって自分でも引くけどよ
…なんか、神谷のこと抱きしめてるよーな風になってんだけど?




『…丸井』

「な、なに」

『怒ってる、か?』

「……は?」




けど、妙なことを訊かれて思考が切り替わる。
一体どういう流れだと思ってたらおもむろに説明された。

なんでも、あの後、俺が教室飛び出してったのが自分がなにかよからぬことをしたんじゃないかって気になってたらしい。




「そんで、ここで俺んこと待ってたわけ?」

『うん』




マジか。
なに変なこと気にしてんだって言いかけて、でもコイツにそうさせたのは俺だってことに気付く。

こころなし、元気がないように見えんのは俺の欲目かね。
俺のせいだけど、俺のことだけを思って、ずっとここで待ってたとか。
いや、コイツに言葉以上の意味なんかないってことはわかってっけど。

つーか、神谷、悪ぃ。

俺、今、なんかめっちゃこそばゆいっていうか嬉しいんだけど。




「怒ってねぇって。別に神谷、なんも悪いことも変なこともしてねぇし」

『本当か?』

「ホント」

『ならいいんだけど』

「ほら、それより帰ろうぜぃ」




耳がいわゆる性感帯だなんてコイツはまだ知らなくて良い。
特に男が、好きな女にそんなことをされてどう感じんのかも。

荷物をまとめる神谷を待ちながら、思った。
そういうことをいつかコイツに教えるヤツは、誰なんだろうって。

なにも知らない神谷の隣に男の姿を思い浮かべた途端、一気に心臓がザワザワ嫌な感じに疼いた。




『おまたせ』




いつの間にか傍に来ていた。
その神谷の手を無造作に掴んで歩き出したのは完全に嫉妬だった。

誰とも知れない、自分で想像した、俺じゃない他の男の影に。




『丸井?なんか、やっぱ怒ってる?』

「怒ってねーよぃ」




願わくば、コイツにそういうことを教えんのは俺であって欲しい。
そういうことだけじゃなくて、もっともっと、いろんなこと。

楽しいとか、面白いとか、嬉しいとか、神谷がそう感じることを与えるポジションが俺は欲しい。
悲しいとか、苦しいとか、神谷がそう感じることを一緒に背負えるポジションが俺は欲しい。

隣をこうして歩く立ち位置を、他のヤツに譲りたくねぇ。





首を傾げながらも振りほどこうとしないで隣にいる温もりを、もう一度
…さっきよりもずっと強く抱きしめたい衝動と葛藤しながら、星が瞬き始めた空の下を歩いた。





「ねぇ、あれで付き合ってないとかなんのギャグ?蹴っ飛ばして良い?」

「王様ゲームで神谷に耳に息を吹きかけられた時のブン太の行動は全力逃走か。なるほどな」

「お前さん、その情報一体どうやって仕入れたんじゃ」

「ていうか王様誰だったわけ?そこはマウス・トゥー・マウスでしょ。ほんっと空気読めないヤツばっかだよねぇ」

「幸村、空気が物騒ナリ」
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