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□Let Me Love You
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たった一人だけ、今の私達にはたった一人だけ。
お互いだけ。
………そのはずなのに。
「ゆかり、変らないわね」
「そんな先輩こそ」
偶然にも程がある。
誰か、きっと私以外の人なら『運命』なんて呼ぶのかも知れないけど。
『運命』と書いて『さだめ』と呼ぶベタな展開。
「……うげッ」
小さな小さな声は隣に座ってる綾那のお姉さんの声。
そちらを見て、苗字の違う綾那と全く似てないお姉さんの顔を見て。
唇の端だけでニヤリと笑うから。
ああ、きっと今、私達の考えてることなんて一緒。
「アンタもそー言いたそーな顔シってけど?」
そんなことは無い、と否定するのは簡単だけど。
しなかったのは……。
ゆかりと上条さん、二人の間にあるキラキラした空気には確かに『うげっ』と言いたいものがあったから。
上条さんとは私も面識があって。
高校時代のゆかりの美術部の先輩はゆかりにとって『先輩』以上の立場にあるから。
「…あー、静馬さん」
「夕歩?」
きっちりと腕組したまま待ち続けて、二人がやっと私の方を向いたのはキラキラした会話がやっと一段楽した後。
上条さんの気まずそう顔には見覚えがあって。
高校時代から散々、私の前でしてた顔で。
「……もしかして、まだ私のこと嫌いだったりするのかしら?」
「はいっ?!先輩?」
驚くゆかりの言葉には何も答えずに、困ったように笑う上条さんの顔を見つめ続ける。
昔のように真っ直ぐと、そして、八つ当たりの非難を込めて。
だけど、人のいいこの先輩はそれは自分が悪いんだと思い込んで私の前ではいつも優しい顔で。
そういう所がまた……。
「家から追い出したりはしませんから大丈夫ですよ」
「え?なに?夕歩?」
気の抜けた顔のゆかりが慌てて問いかけてくるから、高校時代のアレにもやっぱり気付いてなかったんだね、なんて。
変な所で鈍いゆかりはだって、そうだよね、自分のそれすら気付いてなかったんだから。
「……まだ誤解されたままなのね、私」
「してません。ゆかりがあの頃恋してたのは上条さんだったのは間違い無いですから」
「っ?!」
声も出ないほど驚いて口をパクパクさせる人の顔を見つめながら、あの頃のことを思い出してみる。
今は私しか見てない瞳が、あの頃見つめてたのは…。
「ゆゆゆ、夕歩???」
「ゆかり、自覚無かったでしょう?」
隣で聞こえた小さいな小さな『…だったら今さら自覚させないほーが良かったンじゃないんスかね?』って声は聞こえないふりをした。
「あの頃、上条さんがずっと好きだった癖に」
「…ガキの頃の昔話に付き合わされっとはネ」
「手、引っ張ったら付いて来てくれたでしょう。お姉さん」
「……それで何でうちに来るんですか?」
「ドっか連れ出そーとしたらこのちっこいネーさんが『バイクはヤダっ!』て駄々こねっから」
「灯台下暗し、かな?」
「…捜索に出てるだろうゆかりと槙さんに同情しますよ、ほんと」