A

□Let Me Love You
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昔の事を思い出して。
若かったあの頃の事を思い出して。
…だけど、思うのは一緒の事、あの頃のまま。







「ゆ、ゆかり」

飛び出した二人組(その片割れはそれでも手を引かれて連れ出されながらこっそりと愉快そうに笑ってたのを私は見逃さなかった)を探すために部屋を出て。
あの人だけなら探す行き先を決めるのは私だけど。
あの子を探すなら行き先を決めるのはこの子の方。

「……夕歩」

……早々と探す先は無くなったみたいでとぼとぼと、そしてしょんぼりした背中で歩く後輩の背中を撫でてあげる。

「何時も喧嘩した時に行く先とか…」
「何時もなら喧嘩しても飛び出したりする前に謝り倒して部屋から出したりしませんよ」
「……謝り倒すゆかりって」

真っ直ぐな視線も意思の強い所も変らないまま、優しさを示すのが苦手だった後輩はあの頃のまま。
だけど、蕩けそうな瞳はあの頃には見せなかったもの。

「動物園にでも飛びこんて窒息とかしてたら……!」
「窒息って…」

それはあまりに大袈裟すぎる、と笑って。
だけど、静馬さんに連れられて一緒に動物園に行ってる斗南さんは想像してみると楽しかった。
肩車の担当はいつも斗南さんの方だった……、なんて思い出して静馬さんを肩車している斗南さんを想像してまたゆかりには悪いと思っていても、つい笑いが口から零れる。

「…笑い事じゃないんですよ、先輩」
「分かってるわ、静馬さんのアレルギーでしょう」
「よく覚えてますね」

今度はしょんぼりがむっすり、に。
相変わらず怒と哀の感情だけは素直に出す不器用な後輩に微笑ましい気分になって。
歩き出した方向は動物園じゃなくて家の方向だから大人しくゆかりと一緒に歩き出す。

「ゆかりがよく話してたから」

部活をしている時にぼんやりしている事がよくあって、それを尋ねる度にゆかりの口から出るのは何時も『夕歩』で。
一人で帰したからどこかで倒れてないか、とか。
一緒に野良猫にエサをあげる約束をした、とか。
喜や楽を出すのがへたくそな後輩はそれでもその友達のことを話す時は楽しそうに嬉しそうに話すから。

「…全部、静馬さんの誤解なんだけどな」
「何ですか?」

― ゆかり、自覚無かったでしょう?

さっき言われた静馬さんの言葉を思い出してみて。
確かにこの子はその手のことに疎かったんだと思う。
だけど、その相手は私じゃなくて…。

「ゆかりはあの頃からずっと静馬さんが好きなんだと思う」

並んでる二人を見た時、一番初めに感じたのは安堵。
後輩に誤解されたまま、だけど本当のことは当の本人が自覚してないから言えずに。
お節介だとしてもあの時、私は言ってあげるべきだったのに…。

「あの頃、夕歩はただの友達で…」
「知ってるわ、だから自覚出来なかったんだと思うし」

足が止まるからその隣に同じように立ち止まって。

「だけど、私、あの後、別の人とも付き合いましたよ」
「それで?」

ぽん、と背中を叩いて。
歩き出した足は二人の家へ。

「今、あなたの隣にいるのは誰?」
「…先輩ですけど」
「そういう意味じゃなくて…」

困って首をかしげれば、今度笑うのはゆかりの番。
からかわれた、と分かってもそれは嫌じゃなくて、むしろ、この子に身に付いた余裕を見せられている気がして。
……『この子』って呼び方ももうするべきじゃないのかも。

「本当ですね」

収まるべき所に収まったピースに安堵したのは、あの時教えてあげなかった事を悔やんでいたから。
そうすれば、この子達は(やっぱり、この呼び方がしっくりくる)こんなに…。

「私達、遠回りしたんですね」

……遠回りする必要も無かったのに。

「…近すぎるものは意外に見えないのかもね」
「そうですね。……って、あぁっ!」

いきなり出された大声に眼を丸くして、それが戻る前にゆかりが走り出すから。

「ゆ、ゆかり!?」
「一番、近い場所探してませんでした!」

走りながら怒鳴るように言うから、慌てて走って追いかけて。
ほら、あの頃と同じで、この子の口にするのなんて…。

「夕歩…!」

あの子の名前ばかり。











「…ちょっと…、もう、少し…、これから…は、また、運動……するよう…にするわ」
「先輩、置いて行きますからね!」
「……きび…しい所も……相変わら…ずね」



  
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