夕歩が野良順を拾って持って帰る話シリーズ

□T.G.I.F.
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【T.G.I.F.】







土曜の朝。
……ああ、また知らない男が私のベッドで寝てる。







ズキズキする頭とお酒の匂い。
喉の奥の方で何かがこみ上げるけど、たぶん何も吐き出すものが無いのは経験上知っている。
……ああ、またやった。
起き上がったベッドの上、黒髪ロングの後頭部を見下ろして。
(珍しい長髪は嫌いなのに)
どうやって帰ってもらうのがベストか、それを考える気力すら今日は無い。
一体このワンナイトスタンドを何時まで続けるのか、自分の年を考えて今度は別の頭痛。

「ねえ、すいませんけど」

とっとと送り出して。
さっさとお風呂に入りたい。

「………あ?」

……………わお。
起き上がった顔を見て、それから体のラインを目でなぞって。

「…起きました?」

知らない『男』ではなく、知らない『女の子』だった事に気付く。

…これが私、祈紗枝と無道綾那の始まり。







「………………ねえ」
「はい」

眠そうに瞬きする顔になぜか見覚えがあって。
(ベッドを共にする以前からってことだけど)
首をかしげて。
それから私も彼女も服を着ている事実にまた首をかしげる。

「昨日は楽しんだ?」
「は?」

訝しげに聞き返してきて、それからおもむろにベッドから出る。
うん、下もジーンズを履いたまま。
素早く確認したけどパジャマの下、私の下着もちゃんと付いてる。

「楽しんだのは貴方でしょ?すいませんけどお金返してもらえますか。それが無いと電車にも乗れない」
「お金?」
「……覚えてないんですね」

深々とつかれたため息と呆れきった顔。
端正な顔と不似合いに頬のラインが柔らかくて。
ああ…この子まだ子供だ、と気付いた後に未成年かも、と心底うんざりする。
若さって眩しい…。

「昨日、バーで酔いつぶれて追い出されたの覚えてますか?」
「なんとなく」
「そこでバイトしてるんですけど」

本当に記憶がないと悟ったのか、ベッドの横に立ったままゆっくりと説明してくれる。
ああ、なるほど。
あのバーの店員さんなら見覚えがあるはずね。

「鞄を見るけど財布は無いし酔いつぶれて無茶苦茶だしで警察に引き渡そうとされてたから立て替えたんです」
「あー」

起き上がって鞄の中身を確認。
……本当だ、財布が無い。

「ここまでのタクシー代とバーの飲み代で持ち金が無くなったんでここに泊まらせもらったんですけど」

財布、財布、財布………んー、覚えてない。
まあ、こういう時を想定して大切な物はいれてないから諦めるのは現金くらい。
そう答えると心底呆れたという顔をして(子供らしくない表情だと思う)、それから納得と言う風に頷く。

「…そう言えば大抵うちの飲み代は連れの男の人が払ってますね」
「連れと言うか、連れになるって言うか」

ナンパするわけじゃなく、あちらから来るからそれに乗るだけ。
女の子を拾ったのは初めてだけど、目覚めた時に知らない『男達』がベッドにいた時の衝撃よりは断然マシ。

「昨日は失敗したみたいですよ。彼女連れにちょっかい出してその彼氏はゲットしたみたいですけど、あまりに貴方が凄いんで逃げられてましたよ」
「…私、そんなにひどいの?」

土曜日の朝、目覚めて。
何でこんなことに????
なんて事が多々あるからきっとそうなんだろう、とは思ってるけど。

「昨日は連れて帰る途中に逃げ出して公園で服を脱ぎだしたんで担いで止めました」
「この季節に公園で裸は風邪ひくわね」
「気にするのはそこじゃないでしょ……」

何度目かのため息と呆れた顔。
いいじゃない、それで逮捕されなかっただけ昨日の私はいい方だと思うの。

「酔った次の日に心底後悔したのはお気に入りのバービー人形がフライパンで焼けてた時くらいね」
「一体、それ何の黒魔術ですか?」
「さあ?きっと焼きたい気分だったんでしょうね、その時の私」

うわ…、と短く小さく口の中で呟いて。
ふと、私の顔に目を止めると急にUターン。
どこに行くんだろう?と首をかしげてるとすぐに彼女は戻ってくる。

「水、どうぞ。ひどい顔してますよ」
「…ありがとう」

冷蔵庫から取り出してきたペットボトルの水はよく冷えてて、少しずつ口に含むように喉に流し込む。
…うん、良い子ね、この子。

「君はお人好しね。知らない人にお金立て替えてあげて、家まで送ってあげるなんて」
「……常連さんですから」

なぜか視線を逸らして、答える声が今まで一番ぶっきらぼうだから。
その顔をマジマジと見つめて、その頬が少しだけ赤いのに気付く。

「…ねえ」
「はい」
「私たち昨日の夜、何かした?」
「…………は?」
「具体的に言えば裸で抱き合って色んな所触ったり…」
「してませんよ!」

さっき以上に顔を真っ赤にして怒鳴るように否定するから。
もう一つ、質問。

「したかった?」
「な………」

口をパクパクさせて、何か答えようとしてるんだろうけど口から出るのは意味のなさない短い音だけ。
んー、仕方ない。

「じゃあ、質問を変えてあげる」

頭はズキズキ、気分だって最悪なのになぜか楽しくなったきた。

「君は見知らぬ誰にでも親切にしてあげるタイプの人?」

口を閉じて、今度は何だか怒ったような顔。
その顔を眺めて、子供特有の嘘や見栄は発揮しないことを願う。

「…………ノーです。他人になんて興味ない」
「なのに私には親切なんだ?」
「だから、それは……」

沈黙。
しばらく続きは待つけど、何も言われないまま。
怒られてる子供みたいにベッドの横に立ち尽くしたまま、拳を握ってる。

「…年、いくつ?」
「18です」
「高校生じゃないよね?」
「大学生です」

ギリギリセーフ。
なんて、もし高校生でも結果はあまり変わらなかった気もするけど。

「私、たぶん次の金曜日も同じことすると思うの」
「……こりない人ですね」
「だからね……」

我ながら何を言うつもりなんだか。
だけど、ワンナイト以上の付き合いを持ってみたい、なんて久し振りのこと。

「同じように連れて帰って来て」

その時には君の名前も教えてもらえるかな?

「…わかりました」

ああ、そうだ、ついでにもう一つ質問。

「私、貴方にキスした?」
「……………!!!!」

答えてくれなくても顔を見ればその答えは分かったから。
ああ、覚えてないのが残念すぎる。



Thank god It's friday!





今度の金曜の夜。
ちゃんと酔いつぶれる前に名前を聞かないと。



















「あ、そうだ」
「何ですか?」
「親切ついでにお風呂に入るの手伝って」
「は!!??」
「だって、一人で入って途中で昏睡とかしちゃったらどうするの?」
「いや、それなら酔いが治まってから入ればいいじゃないですか」
「今、入りたいの。今すぐお風呂」
「いや、ですけど……」
「大丈夫、君にまで脱げとは言わないから」
「て、脱がないでください!待った!ちょっ!脱ぐな!!」
「早くお風呂ためて来て」
「わかりました!わかったから脱がないでください!!」
「お風呂では普通、服は脱ぐでしょ?」
「酔ってんですか?まだ酔ってるんですか?」
「ううん、素面」
「素面って……」
「手伝ってくれなきゃお金返してあげない」
「あぁ、もう……………」






END
(12/03/15)

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