夕歩が野良順を拾って持って帰る話シリーズ

□正しい彼女の飼い方
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【正しい彼女の飼い方】





猫と彼女はよく似ている。




気が向いた時に擦り寄って来て、人の事情なんてお構いなし。
その癖、その瞳で見つめられると従ってしまうんだから……どちらも恐ろしい。


「女の子、男の子?」
「……女の子よ」
「次は男の子が良かったのに」
「………………」

最初のうちは色々小言を言っていた母も最近では諦めたらしく、見知らぬ猫を拾って帰ってもこの有様。
医療費やえさ代、その他諸々の費用は夕歩と折半だと言ってもやはり数が数。
それでもつい拾ってしまうのは………。
……思いだした。
あれは付き合ってからの初めて喧嘩。






電話口でくしゃみを連発するから、何となく嫌な予感はしていた。

「夕歩、風邪?」
『じゃないんだけど……。仕事帰りに寄ってくれる?』
「喜んで」

むしろ、呼ばれなくても行く。
この頃の私は……今もだけど……夕歩に溺れきっていた。

「………な」
「…仕事帰りに拾………」
「それはいいから。夕歩、ちょっと、蕁麻疹出てるから!」

ミーミー、言うそれを夕歩の手から奪って赤くなった皮膚を確認する。
くちゅん、と小さなくしゃみは電話口で聞いたのと同じ物。

「夕歩、動物にアレルギーあるんじゃ…?」
「うん」
「『うん』じゃなくて、じゃあ何で拾ったの?」

少しでも夕歩から引き離そうと段ボール箱にいれて隣の部屋へ。
ちらりと見えた茶色い毛並みはバサバサだった。

「捨てられてたから」
「だけど、夕歩飼えないでしょ?」

以前、確か聞いたことはあった。
動物を飼いたいけどアレルギーで飼えないってことを。
…だけど、ここまでひどいとは思わなかった。

「捨ててくる」
「駄目だよ!」

普段にない大声で止められて…………見開いた瞳に睨まれて思わず呼吸が止まる。
非難するような色がすぐに悲しみに変わって、言葉も出ずにその瞳を見つめ返す。

「……ゆかりがそんな人だと思わなかった」
「……だ、だけど」

小さく息を吐いて、今は逸らされた瞳を追いかける。

「飼えないなら中途半端に優しくするの酷よ。このマンション、ペット禁止だし」
「なら、引っ越す」
「夕歩、動物に触れないでしょ?」

今もまだ赤い皮膚を見つめて。
それが痛々しくて指先でそっとなぞってあげる。
鼻と目もまだむずむずするのか、真っ赤なまま。

「……でも、可哀想だよ」
「現実、飼えないのは夕歩もわかってるんでしょ?」
「…………」

ジッ、と私の顔を睨むから真っ直ぐ受けとめて。
しばし、にらみ合った後先に視線を逸らしたのは夕歩の方。
悔しそうに眉間に皺を寄せて、唇を震わすから……見てられなくて今度は私が視線を逸らす。

「……元の所に捨ててくるから何処にいたのか教えて」

瞳いっぱいに涙を溜めてそれでも懸命に堪えてるから、その涙はアレルギーの所為ということにしてあげた。
拾った場所を聞きだして、夕歩の顔はあえて見ないようにミーミーとうるさい箱を持って部屋を出る。
鍵を開け車に乗り込み、箱を助手席に置く。

「……貴方のせいで夕歩、泣かせたじゃない」

箱を少しだけ開けて、茶色い塊に苦情を言う。
バサバサの汚れた毛をしてるけど、健康そうな子猫は私の顔を見つめてまた鳴く。

「……………泣き顔なんて見たくないのに」

つー、と。
頬を何かが伝って……自分も涙ぐんでいるのに初めて気付いた。
……ああ、もう。
何でかしら?
好きな人が悲しい顔をしてるとこんなにも心が痛い。
好きな人が泣いてると一緒に泣き出したくなる。
………こんな気持ちになるなんて。

「……たかが、猫よね」

それで悲しむ彼女をまた好きになって。
だけど、自分がその彼女を悲しませてる。

「………止めた」

考えるのは止めた、先の事も考えない。
助手席に置いた箱を持って車をおりるとまた夕歩の部屋に逆戻り。
玄関を開けて私の持った箱がミーミーうるさいのを見つけた時の夕歩の顔は…………たぶん一生忘れない。

「…名前は二人で考えましょう」

だって、好きな人を悲しませることはしたくない。
だって……嬉しそうなその顔を見るとこっちまで幸せな気分になるから。
その瞳で見つめられれば従うしかない。










「……あれはでも間違いだったのかも知れないわね」

実家の中、わらわらといる猫たちにため息をついて。
この猫たちのせいで夕歩に何度同棲を申し込んでも断り続けられる日々。

-ゆかりがいなくなったら誰があの子達、見るの?

……複雑なのは複雑なのよ。
人の気持ちなんてお構いなし。
それでもニャーニャーと足元に寄ってくる猫たちが愛しくて仕方なくなってるんだから、ずいぶん私も洗脳されてしまったもの。

「…まあ、貴方たちが幸せならいいわ」

……本当に、猫も彼女も恐ろしい。















……もちろん、甘い声で鳴いて背中に爪をたてるあの子が一番愛しいのだけど。




END
(12/03/26)

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