【4】

□得意分野
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【得意分野】




『大好き』って在り来たりで陳腐な言葉よね




「順」
「…んー?」
「寄りかからないで重たいから」
「んじゃ、染谷が寄りかかってくればいい」
「そういう問題じゃないの」

背中合わせのまま掛けてくる体重は口にした程は重たくないけど。
無意識なんだろうけど、こつん、とぶつけてくる後頭部に何処かがざわめく。

「じゃあ、あたしの膝に乗る?もしくは膝枕とかどう?」
「何で離れて過ごすって考えが無いの、あなたの頭には」
「何で離れてなきゃいけないの?」

まだ背中合わせのまま、声だけでもふざけてる訳じゃないのが分かってため息が漏れる。
知ってるつもりだけど。
この人の性格なんて付き合う前から知ってたはずだけど。

「ちなみに、夕歩はあたしの背中をクッション代わりにすんの好きだけど」
「夕歩と私は違うわよ」
「あー、染谷さんもしかして妬いてます?」
「まさか」
「……なんだろ、淡々と即答されるこの悲しみ」

夕歩に妬いてたらキリがないし、妬くつもりもない。
……偶に、それはごく偶にはそういう事もあるけど。

「染谷ってさ、あんま触らせてくれないよね」
「触らせてるでしょ」
「いや、エッチな事だけじゃなくて」

やっと背中が離れたと思ったら今度は伸びてきた腕がお腹に回されるから。
振り返って抱き締めてくる恋人を呆れて見つめる。

「ハグとかキスとかあんま好きじゃないよね」
「嫌いじゃないわよ」
「好きでもないでしょ?」

順は所構わず抱き締めてくるから、それは避けられて当然でしょ?
別に嫌がって逃げてるわけじゃないわよ。
(時と場合にもよるけど)

「手繋ぐのも嫌がるし」
「落ち着かないの」
「抱き締めてたら嫌がるし」
「長いの。あなたのハグはとにかく長いの」
「長くて何の問題があんの?」

……たぶん私と順、根本的な所が違う。
私は順がするみたいに甘く甘く頬にキスをして『大好き』と耳元で囁く事も出来ない。
不思議なのは自分が口にすると陳腐な言葉が耳元で聞く分には全くそう感じない事。
この人、何か魔法でも使ってるの?と思いたくもなる。

「…とにかく、離れて」
「はいはい、お望みなら」

言葉の通りに離れて、温もりが消えた後の感触は……淋しいのは確か。
だけど、自分から抱きつくのは苦手でその背中に寄りかかる事は出来ない。

「うーん、じゃあ染谷との触れ合いはベッドの中と言うふれあい広場じゃ無ければ出来ないって事ですね」
「人をクマ牧場のクマみたいに言うの止めて」
「いやいや、誰がエサ待って立ち上がってるクマだって言ったの。普通にウサギとかにしとこうよ」

腕を伸ばしてその手を握る事も出来るし、両腕を広げて(それこそエサを待つクマのように)抱き締める事も出来る。
それが出来ないのは……

「…苦手なの」
「ウサギが?クマの方が好きならクマにしておいてあげるけど」
「じゃなくて、クマは関係無いの」
「じゃ、何?」
「………ベタベタしたり誰かに甘えたりそういう関係」

馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばされるか。
それとも、私らしいと言われるのか。
もしくは、得意になれと強要されるのか。

「なんだ」

なのに、順の答えはあっさりしていて。
ゆっくりゆっくりと頬に触れるとまた抱き締め直してくる。

「…ちょっと」
「苦手であって嫌いでは無いのは分かった」
「じゃあ、納得してくれたのね」
「うん、大丈夫」

順の鼻が頬や耳に触れて落ち着かない気分にさせられて。
それでも、離れてくれないのは何時もの通り。

「…何が大丈夫なのよ?」
「染谷が苦手でもあたしは得意分野だから『大丈夫』」

また耳元で在り来たりで陳腐な言葉を聞いて。
本当に、この人が言うと何でこんなにあっさりと私の中に染みこんで来るのか。
……そして、自分の腕がいつの間にか順の背中に回っている事に気付く。

「…ね?」

額を合わせたまま、得意げに笑うから。
…確かにこの人にとっては得意な事なのかも知れない。












「…好きなだけ甘やかしてあげるから」



そう言うなら甘えてみよう、ってそんな気分になれるから。































「痛い痛い痛い!ちょっ、なんでそんな思いっきり背中にしがみつくの?」
「いいから!今、顔見ないで」
「は?なに?染谷の体熱いって言うかあんたの耳真っ赤なんですけど?」
「苦手だって言ってるでしょ!」
「なに?ふれあい広場ではあんなに積極的な癖に」
「それとこれとは別なの!」



END
(12/10/18)

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