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□Teenage Dream(reprise:2)
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【Teenage Dream(reprise:2)】




― …今夜、僕は君のティーンエイジドリームになる








部屋を一晩追い出されるのにも慣れて来た無道さん。
最近では何も言わずに週末の夜になると荷物片手に部屋を出て行く無道さん。
帰って来た後に自分のベッドのシーツが変わってないか、こっそりしっかり確認してる無道さん。
『惚気は聞かん』て、あたしの話を聞いてくれない無道さん。
『惚気じゃないんですけど』て、言っても相手にしてくれない無道さん。
たぶん、きっと、勘違いしてる無道さん。

「……あたしと染谷、まだヤッてません」

言えばきっと呆れた顔をするだろう、無道さん。


何か、もう、ね?
途中で中断がお決まりになるとそうしなきゃいけないような義務感にかられてくる。

−ああ、また今日もここまでなのね……

て、呆れた顔する染谷さん。
ちょっとだけ怒って、だけどちょっとだけホッとした顔する染谷さん。
勢いでヤッてしまえばいいものを、我に返ってしまうのがあたしの悪い癖。







「いらっしゃいませ」
「……何で三つ指ついてお出迎えなのよ?」

ドアの内側、正座に三つ指でお出迎えのあたしに呆れたような彼女の言葉。
わりと最初から気付いてたんだけど言うとたぶん恥ずかしがるかなぁー、とか気遣って(そういう所には気をまわしますよ)言わなかったけど部屋に来る時の染谷はいつもお風呂上がりの香りがする。
ボディソープとシャンプーの匂い。
ああ、すんません、準備万端でいつも来るのに押し倒す勇気も無いヘタレで。

「たまには愛を込めたお出迎え」
「方向を間違ってると思うのは私だけ?」

素っ気ない声が言葉が逆にドキドキさせる。
いつもなら正面から見つめる癖に、少しだけ視線を逸らすのはきっと染谷も緊張してる所為。
まあね、うん、その緊張はいつも空振りに終わるんだけど。



― これが現実だ、って君が感じさせてくれるから



「…真面目な顔でお出迎えしてもいいけどさ」

そうしてしまえば染谷がますます緊張しそうで。
そうしてしまえばあたしの逃げ場が無くなりそうで。
逃げる必要なんて無いのに。
"リアル"ってヤツをあたしはまだ実感したくないのかも。
これが夢のまま消えてしまうのをどこかで望んでるのかも。

「あなたの真面目な顔ってあまり見ないわよね」
「真面目な顔は見なくても余裕の無い顔なら最近よく見てんじゃない?」

夢だったら諦められるから。



― 君に見つめられると心臓が止まりそう



何時でもあたしの心臓は停止寸前。
鋭い瞳が色っぽいとか、そんなの知ってもその先までは知りたくないのかもしれない。
恋人と部屋で二人きり。
なのに、抱き締めることも触れることもキスすることも出来なくて。

「…今もしてるわよ」
「……知ってる」

空気が重く粘っこくなっていくこの感じがゾクゾクするのは欲情なのか恐怖なのか知りたくも無いけど。
一歩近付いて来た染谷の香りがまた"リアル"ってヤツをあたしに突きつける。

「今夜」

声が掠れて大きく唾を飲み込んで。
喉はカラカラ、唇が痺れてまともに動くのかの自信もない。

「今夜こそ…」

また掠れた声。
息を少しだけ吸って咳払い、心蕩かしそうな瞳は現実にあたしの心を溶かして声さえ奪う。

「順」

また一歩。
抱き締めなければならない距離に染谷が来てしまったから義務で抱き締めて。
破裂しそうな勢いで心臓の鼓動が鳴るからうるさくて仕方ない。

「無理しなくていいから」

背中に回された腕の感触がまた心を縛って。
心を縛られたら体も動かない。

「…怖いならいいわよ」
「怖い?こんなにセクシーな染谷さんとの初夜を前にして」
「初夜Take23くらいだけど」
「さすがにそんなにNG出してないよ」



― 君に出会うまで僕はボロボロだったから



あんたがいなくなったらもっとボロボロになりそうで。
たかがセックスで躊躇しててどうすんだ、って。
ボロボロになっても気持ちいい思いできるならそれでいいじゃん。
…だけど、うん、認めます。

「あたし、怖いのかも」

頬の筋肉が引きつった感触、条件反射で頬の筋肉をつり上げてはみたけれど、体は正直に『今は笑えない』って訴えるから。
違うね、正直なのは体じゃなくて心の方。
今、笑って誤魔化すのは染谷に悪いから。
笑って逃げたくらいじゃ染谷は許してくれないから。
冷たくて優しい声が澄んだ瞳があたしを追い詰めていく。
『好き』だから、こんな逃げ方したくないのに。

「……それは私も同じよ」

眉間に寄せられた皺に反射的に唇を押し付けて、彼女の澄んだ瞳は見つめない。
彼女の潤んだ瞳なんてほんとは見たくない。
なのに……

「…………染谷さん」
「…何よ?」
「………震えてますけど?」

細い肩が震えることに気付いたのは今が初めてじゃないけど、口にしたのはこれが初めて。
気付く度に呼吸と鼓動が止められて、その度に"リアル"から"染谷"から逃げ出した。
強い所が好きな彼女の強くない所を見たらあたしはどうなんだろ?

「………今更気付いたの?」
「武者震いってヤツですか?」

質問をまた冗談で誤魔化して、そしてまた後悔。

― 気付いてました、だけど見たくなくて気付かないフリしてました。

そう言ったらどんな顔をするのかな?

「……もしくはあたしと同じで胸のときめきが体に出てるとか」
「何だか馬鹿っぽく聞こえるのは私の気のせいかしら」
「うわー、染谷さんひどーっ」

震える肩が辛辣な言葉を裏切ってて、守られてる自分を自覚する。
そうやってあんたは何時でもあたしを守ろうとしてくれるから。

「染谷、手貸して」

背中に回ってた腕をほどいて片方の腕は染谷の肩に。
もう片方の手は染谷の手を指を絡めて握って。

「…何?この体勢」
「はい、リラックス。踊りましょうよ」

リードをとって軽いステップ。
ぎくしゃくとぎこちなく、それでもあたしのリードに合わせて踊ってくれるから。



― 君とずっとずっと踊り続けよう



「染谷」

真剣に口にしてもいいけどさ。
それをしなかったのはさっき自分で口にした通り。

― はい、リラックス

あんたとのコレが苦痛になるくらいなら、したくない。
そんならしくない顔されるくらいなら、したくない。
ただあたしを気遣ってるだけなら、したくないから。

「在り来たりな言葉ですが…」

ぎくしゃくとステップを踏んだ不格好なダンス。
それでも少しずつ、あたしの心を蕩かす瞳で笑ってくれるから。

「愛してます」



― そこに後悔は無い、あるのは愛だけ




「…知ってるわ」
「うん、だとは思った」

あたし、きっと、あんたと結ばれたら幸せすぎて泣けると思う。
……あんたも同じなら進む価値はあるよね?

「…私もよ」
「うん、知ってる」

あっさりと頷いて、今度は自然に笑ってた。
腕の中のぎこちないステップを止めて、呆れた瞳を見つめて。
呆れた瞳と裏腹に笑う唇に自分のそれを重ねて、その隙間で囁いた。



「…あたしと同じ夢を見てくれますか?」
























「……もう、見てるわよ」






…今夜、君は僕のティーンエイジドリームになる。






END
(12/11/08)

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