【4】
□True Love
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【True Love】
― あんたの顔を見てると無性に頬を張り倒したくなる
…知ってます?
平手打ちって痛みよりも先に衝撃の方が先に来る、って。
バッチーン!てやられた後にびっくりして、ジンジンした痛みが出るのはそれから。
あれね、やられるとまずびっくりするよね。
最初にやられた時はきょとんとして笑いが出てきたくらい。
どこのドラマだよ、って。
どうせ、胡散臭いドラマごっこをやるなら平手打ちよりコップの水を掛けられたりしてみたい。
そこがラーメン屋とかだったらトンコツラーメンの汁とかかけられたりするのかな?
「……いきなり、平手は止めませんか?」
「じゃあ、いきなりキスすんのも止めろ」
「なに?恋人にキスすんのに許可がいるの?離陸許可みたいな感じ、テイクオフ!って良い旅を、ってあんた送り出してくれんの?」
「ああ、旅立て今すぐ、離陸したまま着陸すんな」
キスの代償は(いや、未遂だけど)平手打ちで、グーじゃなかっただけマシかなー、とか。
我ながら志の低いような気もするけど。
(意外にスナップのきいた裏拳とかくらうとダメージ大だったりする。平手打ちってパフォーマンスの割に大したダメージ無いし)
「たまにあんたのコト『この無道め…』って心底ムカつく時ある」
「そうか、私はたまにじゃなくて何時もだ」
「……あんた、あたしのコト嫌いでしょ?」
「無性にあんたの顔を見ると頬を張り倒したくなるんだよ」
「うわー、それうれしいなー」
『張り倒したくなる』って実際に今やったでしょ、あんた。
あのねー、世の中ムカつくからってそんなに簡単に手を出してたらDVだのなんだの言われて問題にされるよ?
あたしが従順な妻だからいいけどさ。
「離陸許可を」
「却下」
ぐいっ、と顔を近づけるとしぶーい顔。
自分の鼻息で綾那の眼鏡が曇っていくのを見つめて。
その下の瞳が迷惑そうに細められてるのに気付いたけど知らんフリ。
「あんたは最高のアホだ」
「うん、知ってる。ありがとう」
甘い言葉を強請っても、甘い(そして濃厚な)キスを強請っても手にはなかなか入らなくて。
…さっきも言ったけど本気で『このクソ女!』(失礼)って思う。
腹をたてて、へこんで、『えーい、こんなヤツ!』って。
あたしの愛は一方通行ですか?なに?愛されてないの?って。
だけど……
「じゃあ、せめてハグの許可をください」
この腕はあんたを抱き締めたくてうずうずする。
この腕で抱き締めて、鼻先をその髪に埋めて、少しだけゴツゴツした肩の骨に顎を乗せたくなる。
たまにね、ほんとのコト言うと心底あんたにムカつく時もある。
そんで気付いて、また腹が立つ。
それでも、抱き締めたい………って、うん、たぶん、これがいわゆる『愛』ってヤツですかね?
「……あんたは普段は細かい癖にたまに大きな所を逃す」
「は?なに?今、もしかしてキスしていいタイミングだったの?」
「いちいち、聞くな!」
「いきなりすんな、って言ったじゃん、あんた!」
「あんたには雰囲気ってもんが無いのか?」
「センセー、平手打ちはいい雰囲気に入るんですか?」
手を挙げて質問したら別の意味で綾那の手が上がったから慌てて逃げる。
(よし、平手打ち回避)
「何でそうあんたは残念なんだ」
「だーかーら、一体いつがチャンスだったの?」
ぷいっ、と顔を背けてしまうからその横顔を窺って。
扱いにくさで言えばトップクラスの恋人の横顔を見つめて。
「………………『恋人』は否定しなかったね」
今更に気付いたあたしは確かに残念なのかも知れない。
たかが、そんなコトで喜ばなきゃならないあたし達の関係も残念なものなのかも知れないけど。
「旅立つはめになってもいいからさ…」
するり、とその腕の中に入って首に腕を回して。
ああ、やっぱこの位置が落ち着く!って喜んでる両腕を微笑ましく眺めて。
鼻先を髪に埋めて、肩の骨に顎を乗せる。
こうすれば平手打ちは回避出来るから。
「キスしたい」
……たまに心底ムカつくあんたなのに、こういう時だけあたしの要望を聞いてくれるから離れられなくなる。
だって、あたしの心をこんなに揺さぶれるのはあんただけ
END
(12/11/21)