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□どうしようもない僕に天使が降りてきた
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【どうしようもない僕に天使が降りてきた】







CASE1:静馬夕歩



― バタン!

大きな音を立てて閉まったドアに反射的に眼を瞑る。
彼女のあの細腕にしてはずいぶん力強く、叩き付けるように閉められたものだ、と感心して。
枕の羽が飛び散るまで人の顔を殴打するくらいに腹を立てていたんだから仕方ない、と納得する。
………暢気に分析してる場合じゃない。
薄く閉じていた眼を開けてみれば舞い散り続ける羽の中、彼女の姿は……ない。




物静かで温厚に見える恋人が中々に頑固で気が強いのは付き合う前から知っていた事だったけど。
それでも、ここまで怒らせる事態になるのは珍しい。

「夕歩!」

ドアを開けてサンダルを突っかけて外に飛び出して見ても、もう彼女の姿は見える範囲には無い。
咄嗟に自分のブーツじゃ履きにくかったからだろうけど、彼女が履いて行ったのは私のスニーカー。
サイズが合わなくてガボガボなそれじゃ遠くにはまだ行けていないはず。
裸足にサンダルのまま部屋を出れば風が冷たくて、自分の視界が妙に歪んでいる事にそこで初めて気付いた。
枕で殴られてずれた眼鏡を直して、歩き出したのは近くの空き地へ。






…喧嘩になったのは些細な理由で。
だけど、ここまで大きな諍いになっているのなら『些細な理由』じゃなかったのかも知れない。
自分はともかく彼女にとっては。
つきあい始めてもう1年で、気を抜いてしまっていたのも確かにある。
小さな爆発はあってもここまでの爆発は珍しいから。
……冷静に喋ってるけど、実は焦っていたりする。
探して捜してどこにもいなかったら?追いかけて来て欲しくなかったら?
小走りだった足が勝手に走り出して、自分の呼吸の音が早くなっていくのが耳に響く。

― 綾那は……

恋人って言うのは時限爆弾みたいなものだ。
何時かは爆発してしまうのを待ってるだけしか出来なくて。

― 綾那はたまに私のこと、全然わかってない

タイムリミットのわからない時限爆弾なら、いつ爆発するのか分からないなら。
自分のこの手で今すぐ爆発させてしまいたくなる時がある。
いきなり爆発するよりも、自分で爆発させた方ががっちりと身構えて防御出来る分ダメージは少ないはず。

「だけど…」

息をきらして、辿り着いた空き地には羽が舞っていて。
ガボガボなスニーカーを履いた彼女の足元には羽が舞っていて。

「……『だけど』?」

小さく呟いただけなのにちゃんと拾って聞き返してくれるから。
足早に彼女に近寄って髪に付いたままの羽を指先で払う。

「だけど、爆発させたくないから追いかけてきてる」
「…たまに綾那の言ってることがよくわからない」

タイムリミットの分からない時限爆弾なら、もしかしたらタイムリミットが無いのかも知れない。
もしかしたら、一生爆発させずに済むのかも知れない。

「夕歩」

また一つ、彼女の髪に付いた羽をはらって。

「…天使みたいだ」

枕で人を殴打した挙げ句、羽を舞い散らかして逃げ出した天使。
ガボガボなスニーカーを履いて空き地に立って人を睨み付ける天使。

「…綾那、私が怒ってるのわかってる?」
「それは分かってる」

……髪に羽を付けたまま、私が追いかけてくるのを待ってた私だけの天使。

「ごめん」

ちくたくちくたく。
爆発させない為に、私だけの天使を失わない為にはどうすればいいのか。

「綾那、すぐに『ごめん』って言う」
「ごめ……、いや、その…」

着の身着のまま、薄着のまま飛び出したから寒そうに震えてるのに気付いて、着ていたパーカーを脱いでその肩にかける。
言葉を探して、謝罪の言葉以外を探して。

「……怒ってるなら話も聞くし、部屋の掃除も私が全部やるから」

まだ寒そうに震えてるから『抱き締めて暖めてあげたい』そう強く思って。
自分がこの恋人を爆発させる気なんて微塵も無い事に気付く。
以前の私ならいつ爆発するか分からないモノを抱えている事よりも、その場ですぐに自爆する事を選んでいた。




「だから……一緒に帰ろう」




君はどうしようもない私に降りてきた天使だから。
ずっとずっと護り続けていきたいんだよ。















「……おんぶして帰ってくれるなら」






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