【4】

□彼女の恋人
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【彼女の恋人】





彼女の恋人は私の刃友





「…雨」
「え?…ああ」

降り出した雨に窓の外を見上げる友人の後ろ姿を見つめて。
彼女が振り返った瞬間に慌てて、彼女を見つめていた事をバレないように興味も無い窓の外の雨に視線を切り替える。

「夕歩、傘は?」
「持って来て無い。いいよ、寮くらいまでなら走るから」
「駄目よ、雨結構強いし」

ゆかり曰く『これでも今日は整理整頓されている方よ』という美術部の中には私にはよく分からない物が置かれていて。

「…几帳面そうに見えるあの部長さんがこれをよく許してるね」
「夢中になってるとその部長さまが一番散らかすのよ」

苦笑しながその中から魔術師みたいに傘を取り出すから思わず拍手。

「次はうさぎ出して」
「生憎、品切れだから鳩でいい?もしくは夕歩を消してみせましょうか」

ゆかりらしくないこう言う軽口のやりとりは誰かを連想させて。
その連想させた人のしゃべり方が少しずつだけど、ゆかりに移っているのに本人は気付いていない事にチクリと胸の奥で何かが痛む。

「ゆかりの傘は?」
「大丈夫よ」
「いいよ、これ一本しかないんでしょ?」
「いざと言う時は迎えに来てもらうから」

『誰に』まで言わなくてもそのお迎えに来てくれる人に心当たりがあって。
薄く唇が笑ってるから、もしかしたらこの傘を私が使わなくてもそのお迎えは呼ばれていたのかも知れない。
『雨の日のお迎え』なんて名目が無くても、理由が無くても一緒に居る理由のある人。

「……私がそのお迎えを呼んでもいいんだけど?」

自分で言った言葉は嫌な感じに響いて、唇に乗せたことをすぐに後悔した。
まるで彼女の所有権を振りかざしてるみたいな自分に心から後悔して。
彼女の所有権を口にする事で彼女の気を離そうとしてる自分に心からうんざりして。

「そうね」

なのに、彼女はそう言ってまた笑う。

「あの人、夕歩の事が大好きだから」

私の気持ちなんてお構いなしに愛しそうに笑う。
彼女の所有権なんてゆかりには必要無いから。

その『あの人』は私の親友で刃友でただの幼なじみに収まらない関係で『あの人』が私の事が好きなのくらい知ってるし大切に大切にしてくれてる事も知ってる『あの人』はヘラヘラしてるけどいい人だよ見かけも中身も私が保証するそして『あの人』の幸せを心から本当に心から願ってるの、だけど……

「……ゆかりのことの方が大好きだよ」

だけど、今回だけはその幸せを奪いたい。
『染谷ゆかり』と言う名の『幸せ』を奪いたい。
何で?何で選りに選って彼女の恋人が順なの?
何度も何度も問い掛けた言葉に答えは無くて。

「夕歩、もう帰る?」
「……うん」
「じゃあ、私も帰るわ」

傘は一本のまま、帰り支度をしてゆかりは立ち上がるから手にしたままの傘を差し出す。
この傘はゆかりが使うべきだから。

「偶には…」

その傘を右手で受けとって特定の人間にしか見せない顔で笑うから。
彼女がこの笑顔を見せてくれる自分はきっと彼女にとって特別な人間だと思っていたのに。
…私とゆかりの間には今なぜか別の人間がいる。

「夕歩と相合い傘も悪くないと思って」

右手に傘を、左手に私の手を握るから。
その指先の冷たさに奪われていくのは急激に熱くなっていく自分の熱なのか、残りわずかな心なのか。
これ以上、彼女にどう心を奪われればいいのだろう。

「ゆかり……」

……私が欲しいのは彼女の所有権。






「染谷ー。……あれ?夕歩もいる」

…哀れで馬鹿げた言葉を口にする前にドアの影から顔を出したのはうちのお庭番。

「なに?呼んでないわよ」
「うん、予想通りの言葉ありがとう。雨が降ってるからって気を利かしてお迎えに上がった恋人に対する言葉ですかね、それが」
「呼んでないわよ」
「2回目。ねえ、それ言うの2回目だよ、染谷」
「迎えに来た、って言うわりに傘一本しか持ってないじゃない」
「え?だって相合い傘したいじゃん。その為に迎えに来たのに」
「迎えの意味が全くないわね…」

苦々しい言葉も声も顔も、彼女が私に向ける事は無くて。
繋いだままの手も、私に見せる柔らかい笑顔も、まるで恋人なのは私みたいで。

「夕歩もいるとは思わなかった」
「夕歩と相合い傘で帰ろうと思ってた所よ」
「何それ!うらやましすぎる!」
「どっちが羨ましいのよ」

繋いだままの手も、私に見せる柔らかい笑顔も、まるで恋人なのは私みたいで。
……私みたいなのに順はまるで気にしてないから。
『ゆかりの所有権が欲しい』なんて口にする気も無いし、しなくても彼女の心がどこにあるか順は知ってるから。
むしろ、ゆかりが辛辣な言葉を吐き出す度に嬉しそうに眼を細めてる。

「……私は傘借りるから」

するり、と離れたがらない指先を無理矢理動かして。
彼女から離れたくない、と言う足を無理矢理に動かす。

「二人で相合い傘して帰って」



『友達だから』も『彼女の恋人が私の刃友』なのも関係なくて。
友情も勇気も関係なくて。
私が彼女の恋人になれないのは……。



「ん、ありがと、夕歩」
「結局、あなたと相合い傘なのね…」
「まあまあ、そう言わずに染谷さん」







泣きたくなるくらいに二人がお似合いだから。
甘い声も言葉も笑顔が無くても二人の間にあるのが深い深い『愛情』だってわかるから。




















…何で好きになった人があなたなんだろ
何であなたの隣にいるのは私じゃないんだろう
  
   
   
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