【4】
□Starlight
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【Starlight】
― コノ世ノモノトハ思エナイクライキレイナ曲ダネ
そう言った順の歪んだ声は覚えているのに。
…その時に流れていた曲がどうしても思い出せないの。
お姫様のなり損ないなんてグロテスクなだけだと思う。
「辛辣な言葉だね」
「自分の事だからいいでしょ?」
綺麗なドレスを着てティアラを付けた醜悪な生き物を想像してみて。
ソレはきっと救い出されるよりも、退治された方がいいと思った。
呪いにかけられてるならその呪いごと森の奥深くに封じ込められるべきだと思う。
「夕歩は綺麗だけど」
「ありがとう」
心の無い言葉に心の無い礼を返して。
外した眼鏡を手の中で弄んでみる。
『そっち側』と呼ばれるものを見つめ続けてる瞳は私のと似ていて。
境界線を見つめたまま、『そっち側』に行きたいと思っている所も同じ人の肌は不思議に温かくて。
― 綾那はもっと冷たくて硬いと思ってた
そう言えば唇を歪めて笑って。
― 残念ながらまだ温かいし柔らかい
その温かさと柔らかさが気持ち悪くて、早く冷たくなればいい、と。
口にすればまた唇を歪めて笑う人の肌は温かくて、瞳の暗さに安堵する。
共犯者。
同じ罪を犯していると言う点でなら私と彼女は共犯者。
「…光り輝くお星様だって」
「ん?」
「私の事」
「……あいつの眼は節穴だな」
『誰が言ったか』なんて言わなくてもそれは伝わって。
「あいつらの方がよっぽど……」
続きが分かったからそこで遮って、唇で遮って。
瞳の奥で笑う顔は確かにお星様みたいで。
その眩しさに眼を逸らした。
「あんたは間違ってた」
「……うん」
― …一度だけだよ
そう言って手を引いた時に見せたのは驚愕と恐怖……それと隠しきれない興奮。
ベッドに入ってしまった後もそれは変わらなくて。
― この世の物とは思えないくらい綺麗な曲だね……
私の手の平と順の手の平を合わせて不格好なダンス。
そう言った順のうわずった歪んだ声も意外にひんやりした唇の感触も覚えているのに。
その時に流れていた曲がどうしても思い出せない。
「『こっち側』に来て欲しくなかったの」
光り輝くお星様は私じゃなくて、笑顔の温かいあの人。
私を抱きながら『愛してる』と泣いたあの人。
キラキラ、と眩しいから眼を逸らした。
「その割には楽しんだみたいだけど?」
ぐっ、と顎を引き上げるのは綾那の癖で。
苦しいそれが同時に嬉しくて、そのまま顎に掛かった綾那の手を指先でなぞる。
「…楽しんだよ」
妬いている訳ではなく、ただ事実を確認する淡々とした声が心地よくて。
…あの時、自分の肌にその手を導く度に順の心が離れていくのがよく分かった。
純粋なお姫様が純粋じゃない、と知った時から順の心は私から離れていくから。
「あの時」
守りたいから、汚したくないから、『こっち側』に来て欲しくないから。
それは言い訳で。
きっと私はただ順に抱き締められてみたかっただけなんだと思う。
「…曲なんて流れてなかったのに」
― コノ世ノモノトハ思エナイクライキレイナ曲ダネ
歪んだ声を思い出してみて、彼女が『綺麗』って言ったのは何だったのか考えてみる。
……全て全て本当は私の幻想なのかも知れない。
― まるで星の光みたいだね
……そう言ったのは誰だった?
END
(12/12/16)