【5】

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【3】



あたしの世界にはあたしとあんただけ。
あたしと夕歩、2人だけ。










『永遠』なんて信じてないけど。
『永遠に手に入らないもの』なら、知っている。







『もの』って言うのはなんだかその人の人格を丸無視してる気がして、その人の事なんて見てないみたいな気がして。
『者』って漢字で書けばオッケー?
どっちにしたってあたしと彼女の関係なんて一緒なんだけど。









視線が追いかける先にいるのはいつも同じ女の子。
ずっとずっと生まれてきた時からずっと。
だけど、さ、幼稚園の頃なら、小学生の頃なら、背中に触れられるだけでちりちりしたりしなかった。
ちりちり、ってどこが?ナニが?って聞かれれば心とか性感帯とかそこら辺。
すぐ隣で笑って触れられる背中や肩にこんなにドキドキすることなんて無かった。
寒い日に両手で頬を包んで暖めてあげたって平気だったあの頃を思えばこれは成長なのか。
主に育ったのはあたしの横シマ……じゃなくて、邪まな部分なのかも。
ああ、その柔らかそうなほっぺたにキスしたい、って。
そんくらいの欲求ならあたしだって放置してあんたの隣でいつものように笑ってたんだけど。





「いや、けど、好きな人と抱き合って色んな部分を触りたいって当たり前のことだよね」
「…珍しく真面目な顔してると思ったら言うことは相変わらずね」
「染谷はそうは思わないの?」

染谷に恋愛の話をふるなんて昔なら考えられなかったけど。
最近、少しだけ、ほんっとに少しだけ丸くなった(体がじゃないよ。体の一部は確かに丸みをおびてきてるけど)友人にあびせる質問に深い意味は無くて。

「答えたくないわ」
「じゃあ、どんなことしたい?一緒にいるだけで満足とかそんな人?」
「ノーコメント」
「好きな人に笑いかけられたら心が溶ける気がしない。ドロッドロッにさ」
「なんだか汚さそうな溶け方ね」
「エッチな行為ってある程度は汚いと思うけど。キスですら相手の唾液とかなんとかもろに飲み込むだろうし」
「『だろう』?」
「したことないから色んな資料で得た知識と想像からの予想」

あの子とキスなんてした日には……!
想像してみて、それでもしっくりこなくて。
心の底ではあたしはあの子とそうなる気なんて無いのかも知れない、なんて。

「だいたい、あなたは何で私にそんな事ばかり聞くの?」
「気になんじゃん」
「夕歩とか綾那に聞いたら」
「染谷のが聞きたいの」

あの子に聞いたら、あたしのどっかが壊れる。
どんな答えでも、どんな返事でもあたしの心はきっと壊れる。
自分以外とそうなった所を想像してみて、自分を慰めて(性的な意味じゃないよ)、それでもあたしは壊れた心であの子と向き合わなければならないから。

「あー、チューしたいー!」

夕歩の唇に!ってそこはさすがに口には出せなくて。
唇じゃなくて頭の天辺でもほっぺたでも額でも太ももでも薄いお腹でも背中でもチューできるならどこでもいいんだけど。

「すれば」

冷たい返答と平べったい声に笑って。
座ったまま、隣に座って呆れた瞳であたしを見つめる友人を見つめ返す。

「染谷は無性にキスしたくなる時ないの?染谷の唇って美味しそーだし」

柔らかそ、なんて。
唇の硬そうな女の子なんて見たことなんて無いけど。

「染谷はしたくなくても、染谷にしたい、って人は結構いそう。うん、きっとあんたにキスしたいって人はいると思う」

ふいっ、と何時でも真っ直ぐな視線が逸らされた後に残った頬や耳が赤くて。
ああ、今日は外で話すには暑いしね、って。
夕歩さん、ちゃんと涼しい格好してるかな。
いや、裸になってないかな、とか妄想してるわけじゃなくて熱中症とか心配してるだけだから。
あんまり言いすぎたり構いすぎると華麗な蹴りが決まって追い返されるから程ほどにしてはいるけど。
あたしの頭の中なんて夕歩のことでいっぱい満杯すぎて空き室ゼロ。

「………よ」
「は?」

振り返った染谷の顔が赤いから、目の前の人の熱中症の心配もした方が良かったのかも知れない。
染谷が目の前でぶっ倒れた、とかなったらうちの姫君に怒られる。
役立たずのお庭番!って。
…そんな怒られたことしたことは無いけどね、あくまで妄想。

「あんた、大丈夫?飲むもの買ってこようか?」

尋ねながらもう立ち上がって染谷の返事も待たずに自販へと歩き出してた。
ああ、ついでに姫の分も買っておこう、って。
お節介、とかなじられるかも知れないけど。


心配なんですお節介で過保護かも知れませんがあたしは心配なんですただ愛する姫が健康を損なわないか苦しい思いをしないかただあたしはあんたのことしか考えてないからあんたが手に入らないのは承知してるから従順にあんたに仕える存在でいさせてよあんたの隣にいたいからあんたのすぐ隣に……


2本買ったスポーツドリンクの1本を染谷に手渡して、もう1本は姫に後で渡す分だから飲まずに自分の額にあてて。
日陰になったこの位置からでも抜けるような青空はよく見える。

「…あなた」
「んー?」
「…たまに優しいわよね」
「『たまに』ってまたそんな言い方する。あたしはぷりてぃーな女の子には何時でも優しいですよ」
「……でしょうね」
「訂正。相手が染谷だからあたしの優しさは発揮されるんです。特別サービスはあんただけ」

呆れた素っ気無い声を和ますために口にしてみて、確かにあたしは染谷に優しいかも知れない、なんて自己満足。
可愛い女の子は大好きですからね。
どんな子でも女の子は可愛い。
あたしのことなんて全く見てない姫君が一番可愛い!とか力説したいけど、夕歩はもう可愛いなんて域を超えてる。
胸と心臓をぎりぎりと締め付けて、あたしの背中や心や性感帯をちりちりさせるあの子は言葉に出来ないくらいに愛しくて。

「…ありがとう」

染谷の指が制服の裾を引っ張るから青空を見上げてた顔をそちらに向けて。

「こちらこそ、あたしの馬鹿話にお付き合い毎度ありがとうございます」

冷たい声と返事でもあんたがあたしに付き合ってくれるのは嬉しいし。
ほんと、いつもいつもいつも良く付き合ってくれるよね、とか自分でも呆れてる部分もあるけど。
染谷と話してると自分がどうしたいか。
自分が夕歩とどうしたいのか。
それが浮き彫りになってくる。
自分の心と素直に向き合って、手に入らないあの子のことを心静かに考えることが出来るから。

制服の裾を掴んでる指先を握ってみると意外に冷たくて。
頬の赤さからした予想とは違って冷たいから、逆に不安になる。

「染谷、あんた気分悪かったり…」

空の青さと染谷の頬の赤さと、キレイだと思ったのはどっちにか分からないけど。
握り返してきた指先は力強く迷いが無くて。

「……染谷…さん?」

指先に触れた唇はさっき思ったとおりに柔らかくて。
染谷があたしの指先にキスしてる理由が分からなくて。
赤い赤い染谷の頬や耳と青い青い空を見比べて見る。

「…したくなる時、あるわよ」

搾り出すような呟かれた言葉にちりちりしたのは心でも性感帯でも無くて防衛本能。
だけどそれは自分を守るためじゃなくて、自分が傷つきたくない、なんてことじゃなくて。

「…順にキスしたい、って思うから」

染谷を傷付けたくない、って。
染谷の真っ直ぐな瞳に見つめられながら、まず最初に考えたのはそんなこと。



友達を傷つけるはめになるのはイヤだ、って。

















あたしの世界はあたしと夕歩、2人だけ。
誰かが加わって『3』になる、なんて………あるはずない。





















『あたしにキスしたい』なんて、そんなの染谷の勘違いだよ





To be continued?


(13/07/12)

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