【5】

□3
1ページ/1ページ



【3】





私はただの第三者で、そこに入る余地が無いのくらいは知っているの。



彼女にとっての『1』は夕歩で『2』は自分自身。
それ以上は必要ない事も。
だけど、彼女の言葉が私を『3』になっていいって思わせるから。







「そーめや」
「…なに」

ぽん、と肩を叩かれた瞬間に、名前を呼ばれる前に、振り返って顔を見る前にそれが順だと言うのはわかっていた。
この人特有の体温と香り、それと叩く時の軽い軽い感触。

「んー、ご機嫌ななめですねー。夏の暑さがけっこーきてる?染谷さん夏生まれだから暑さには強そうなイメージなんだけど。染谷ゆかりはホットな女ってね」
「順だって夏生まれでしょ?」
「6月って夏?だとしたらあたしはともかく夕歩はそれには全く当てはまらないね。暑いの弱いし」
「夕歩は暑いのも寒いのも苦手だから」
「うん、そーそー」

幼馴染だから刃友だから守るべきお姫さまだから。
それ以上の何かがある、って。
順が夕歩を思ってる理由はそれ以上にあるってそのくらい誰が見ても歴然としてて。
こんな風に笑うのは夕歩の話題の時だけって自覚はたぶんこの人には無いのかも知れない。

「それでですね、染谷さん」
「だから、なに?」
「この間のキスについてなんですが」

周囲に人なんていないのにわざわざ声を潜めて耳元に唇を寄せるから。
その後に『染谷、いい匂いがする』なんて小さく呟くから。

― もしかしたら、そうなのかも知れない

なんて誤解が生じる。
話す時に腕にソッと触れる癖や人の瞳を見つめて笑う仕草や。

「もしくはその魅惑的な唇について」

…選ぶ言葉が一々突き刺さって私の心臓はキューピッドの矢だらけになってしまっている。

「…良くもまあそんなセリフをケロッと言えるわよね」
「んー、これでも悩んだんだよ。『この血痕はなかったことに!』って婚約破棄したい勢いで」
「どこの殺人現場よ」
「あたしのハートの殺害現場」

あなたを想った気持ちなんて重荷にしかなっていないのかも知れない。
さりげなく私の手首を握って引っ張っていくからそれに従って。
座らされたベンチはこの間二人で話してた現場。
握っていた手首から手を離す瞬間、指先で手の平をなぞっていくから。
一体、あなたの望みは何なのよ?そう問いただしたくなる。

「『どうして?』」

順の開口一言目の質問の意味が分からなくて。
何が『どうして』なのかわからなくて。

「あたしにキスしたい理由」

少しだけ首をかしげて。
尋ねる声のトーンが静か過ぎて、いつもみたいに見つめてくる瞳が笑ってるのに。
笑ってる瞳は確実に私を見ているのに、尋ねられた瞬間にそれがわかった。
…私を見てないのが何故かその瞬間にわかった。

「……理由なんてわざわざ聞くものでも無いでしょう?」
「いや、だってさ、キスしたい理由聞きたいでしょ」

勘違いしてるのなら、さっさと否定して。
あなたが触れる手は私を混乱させるから。
今だって私の膝に手を置いて、距離だって肩が触れ合う距離で、この距離でキスしたい理由を聞くなら、そうなんでしょう?


混乱した頭に響くのが何の音なのか。
壊れた鐘が鳴り続けてて、いつもの聞きなれた鐘の音じゃなくて、私の左側、胸の下で何かが痛いくらいに鳴るから。


「私は……」

暑くて暑くて、首筋を汗が伝う。
『暑そ…』なんてまた小さく囁くから。
その指先が髪をすくから。
私は『3』になってもいいんでしょう?そう問いただしたくなる。

「私はただ…」

『3』になってもいいんでしょう?
そう問いただして『いらない』とそう言われるのくらいわかってるの。

「…あなたがキスしたいって言うからからかっただけよ」

吐き出した言葉が吐き出した息が順に触れないように顔を背けて。
その隣、肩が触れる位置から順が離れたのは温度の違いでわかる。

「あー、だと思った。うん、染谷にしては趣味の悪い冗談だよね。そんなキュートな唇でそんなこと言ってるとほんとにそこにチューされちゃうよ」

― 臆病者

そう、聞こえた。
順の声で頭の中、耳の中にそう響いて。
それはだけど私を責める音じゃなくて泣き出しそうな音。

「……『どうして?』なんて聞かれたら困るよね」

横目で盗み見て笑う唇とは裏腹に泣き出しそうな音を探してみる。

「ちゃんと答えられるなら、理由を先に言ってんのにね」
「あなたなら『ただ、したいんです!』とか力の限り答えてそうだけど」
「それはあれですよ。あんたみたいにキュートな女の子相手限定ですよ」
「誰にでもそういうこと言ってるんでしょ」
「誰にでもじゃないよ。染谷くらい」

また刺さった矢には気づかないフリをして。
順の顔を見つめれば何時もの笑う瞳で見つめてくるから…。

「臆病者」

今度、耳に響いたのは自分の声。
誰が、そうなのか、なんて、考えるのさえ、苦しい。

「……はい?」
「本当に好きな人に言えないから私に言ってるだけなんでしょう?」

きっとまたあの笑わない瞳で泣き出しそうになりながら見つめ返してくると思ったのに。
順の反応は予想外で。
くしゃり、と顔全体で笑うと声を出して笑いながら私の肩を掴む。

「うん、そうかも、知れない」

笑いながら、私の肩を強く強く掴むから痛みに顔を顰めて。
それでも、笑ってるから順の肩を掴み返す。

「あんたさ……」

……泣かれた方がマシだった、なんて。
そんな感想は今更過ぎる。
わかってたはずなのに、最初からこの人の中で『1』はあの子だって。







「….夕歩の好きな人って知ってる?」








苦しそうに笑いながら吐き出すから、辛そうに笑い続けるから。
私が掴まれた肩を痛がってることすら気付いていないから。

……笑い続ける体を抱きしめたのはただ同情の意味で。















『1』『2』『3』数えてみて。
最後の数字を心の中で消してみる。

















…私はどうしたってこの人の中で『第三者』のまま。






To be continued...

(13/08/03)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ