【5】
□世界最強
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【世界最強】
逃げる唇を追われるのは、何時でも追い詰められてる気分にさせられる
実際に追い詰められているのだ、と腕の中にいる自分よりも細い腕や腰をした少女を見つめて。
力でも刀の腕でも殴り合いをしても殺し合いをしても、自分の方が強いはずだと自覚しているし実際にそれが事実だと思っているのに。
自分よりも弱い少女にだけど『弱い』と言う単語を使うのはなぜか気がひける。
― 護ってやりたい
そう願って、こいつの為になら世界最強だって目指そうって気になるのに。
そう言えば、どこに隠してたんだって牙をむき出しにして味方のつもりのこっちに飛び掛ってくるから。
下手なことは口にしない方が平和な関係を保てる。
「玲」
「……んだよ」
至近距離で名前を呼ばれるだけで心臓が縮む気がするんだから、元白服としては情けないばかりで。
だけど、殺しあえば勝てると知っていてもいざ本当に殺しあうとなれば自分はこの少女に指1本出すことも出来ずに命を奪われるだろう事も自覚してる。
「…キスの続きを催促するのって恥ずかしいんだよ」
「じゃあ、すんな」
いつもどこかひんやりした少女の体がほのかに温かい事にも、その熱の原因にも気付いてはいたけれど。
まだまだ先は長いんだから、と逃げ出す口実は言い訳でもあるのかも知れない。
ゆっくり進みたい、は本心であると同時に確かに言い訳で。
「明日、後悔しても知らないから」
「後悔?」
「私がいなくなってから、『あの時にこうしてれば良かった』なんて」
さらり、と言った言葉がずっしりと重く胸に響いたのはそれが比喩とか自分をフるとかそういう意味じゃないように聞こえたから。
少し前の彼女には確かにそれが冗談でも例えでも無くすぐ近くにある脅威だった事は知っているから。
「…縁起でもないこと言うな」
少しだけ抱きしめる腕に力こめて、膝の上に乗った体温がさらに密着してくるのを頭の中で素数を数える事で受け流す。
肉付きの薄い体はなぞればすぐに骨に触れて、柔らかいってそう感じるはずも無いのに膝の上に乗る彼女の体はなぜか柔らかいから。
「うん、『明日死んでも後悔しないように』なんて今さら言う気も無いけど」
そう言いながら鼻先で顎をなぞるから、膝に乗せた少女に追いつこうとしてるみたいに自分の熱があがっていくのを感じる。
キスしようか、そう考えその顔を窺えば視線がばっちりとぶつかって自分の考えている事がこの少女に筒抜けなのを知る。
「言う気は無いけど、今したい事は今するべきかも、とは思うようになったから」
そう言いながらもキスして来ないから、彼女にとってそれは『したい事』じゃないのかもと考えて、誘うような瞳に『そっちからして』って色を見つけて大人しく従う。
深いキスで苦しいのは好きだから。
頭の中で血管がはじけて呼吸中枢を麻痺させるから心臓だけじゃなくて呼吸まで苦しい。
息が苦しくて苦しくて。
それを顔に出せば『それなら人工呼吸してあげる』なんて確信犯的な唇があたしからますます酸素を奪っていく。
「…玲はしたくない?」
「……………」
『したい』とか『したくない』じゃなくて。
いずれはそうなるだろう、とはそれは思ってはいる。
まだまだ先は長いから。
こいつと過ごす時間はまだまだたくさんあるから。
「…お前はほんっと何時襲われても文句言えないような事ばっかしやがって」
「襲われてる、って意識が私に無かったらそれって和姦だよね」
「とりあえずお前にんな言葉ばっか教えてる忍者を殴り倒すから今すぐ連れて来い」
視姦だの和姦だの天使みたいな顔には似合わない言葉がその唇から発される度になぜか自分が悪い事をしているみたいな気分にさせられて。
「順は私にそんな言葉教えないよ」
くすくす、と笑う唇がまた顎に触れて。
あたしはたぶんこいつに殺される、なんて。
殺し合いをすれば殴り合いをすれば勝つのは自分のはずなのに、きっとあたしはこいつに負けるだろう、なんてまた同じ思考。
「今、したい事をするなら…」
首筋に触れる息や唇の感触や。
そこの筋肉がガチガチになって硬く硬くなっていくから。
明日、いなくなってもいいように、なんて、そんなのあたしだって、考えた事があった。
「………『よく耐えた』って自分で自分を褒めてやりたい」
追い詰めてくる相手を受け止めて、宥めて、それから抱きしめて、キスをして。
『明日』したい事は今日はしない。
今すぐ欲望に負けてそうしてしまうのは簡単だから。
(和姦らしいし)
「玲って変な所ストイックだよね…」
不服を申したてる唇に笑って触れるだけのキスをして。
ストイックを証明したい訳じゃなく、『したい事』をしただけ。
先は長いから。
きっと、先は長いはずだから。
ずっとずっと長く長く、一緒にいられるはずだから。
「楽しみは大事にとっておきたいんだよ」
囁けばまたその瞳に捕まって、獰猛さもカケラも無い瞳なのに、何時もまるで凶暴な肉食獣にでも見つめられている気分になる。
「じゃあ…」
細い指も腕も腰も強く抱きしめれば強く握ってしまえば折ってしまいそうで。
その細い指で人の唇をなぞって、細い腕を人の首にまわして、細い腰を押し付けてくるから。
「……待ってあげようかな」
「お前の態度、全く待つ気ねぇだろ」
小さく華奢な体を抱きしめなおして、天使の顔で笑う小悪魔に心どころか魂まで持っていかれてる。
こいつの為に世界最強を目指すはずが、あたしの中の『世界最強』はこいつなんだから…
…あたしがそうなれるはずもない。
「…私がしてもいいんだよね」
「あえて言わなかったことに今さら気付くなよ」
END
(13/08/08)