【5】

□ポーカーフェイス
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【ポーカーフェイス】






それは何時からか身に付けた私の悪い癖









「紗枝」

呼ばれた名前に顔を上げて、同居人になったばかりの人の顔が曇ってるのに首をかしげる。
同居人?同棲人?
後の方だとなんだか宇宙人みたいな響きになるけど。
呼び慣れない、と名前を呼んだ後に顰める顔とはまた違って。
同棲に至った理由は両生類を飼うなら、広いお風呂の方がいいと思ったから。
水槽のウーパールーパーよりも、もちろんこの可愛げのない癖に妙に愛しい後輩の方が飼育し甲斐があるけど。

「どうしたんですか?」

お風呂に引きずり込まれて足を強打するのはこりごりだから、無道さんの数少ない悪癖である喫煙を止めさせる代わりにここに一緒に住むようになったのは……最初の私たちからしたら大きな進歩。
最低ラインどころか、もしかしたらゴールが見える日が来るかもしれない……、なんてね。

「何が?」

問いかけた後にさりげなく綾那の首に両腕を回して。
まるで、これじゃ私たち恋人同士みたい!なんて叫びそうになるのを察知したみたいに唇を塞ぐから大人しくその叫びは飲み込んであげる。


暗闇の中で手探りしてるみたいだったのに。
『最低ラインだ』って可愛い後輩(綾那じゃない人)に言われて。
セフレ以上恋人未満の関係。
顔に似合わず意外にこの子がエッチなのも、顔に似合わずキスが優しいことも。
キスの優しさと肌を重ねる感触しか知らなかったはずの人が。
(履歴書を書いて送って来たくらいですものね)

「『何が?』じゃなくて、嫌なことがあったんでしょ?」

……あっさりと私のポーカーフェイスを見抜くようになってしまったのは何時からか。
内心を顔に出さないことには自信があったのに。
笑顔の仮面は私が身に付けた悪い癖で生きる術。
愛しいけど生意気な後輩は私の頬を撫でてくれて、ポーカーフェイスなんて無縁の顔をしてて。
その顔で『心配だ』ってそう訴えるから。

「……聞いてくれる?」

ポーカーフェイスが崩れていく。
誰にも悟られないように歩いて来たのに、貴方は見抜いてくれるから。
私の弱いところも強がってる部分も見透かして、当たり前のような顔をしてるから。

「もちろん」

プライドも体裁も今まで私が作ってきた生きる術も悪い癖も全部全部吹き飛ばすから。
情けなく貴方にすがらせて、素直に眉をひそめて、口元を歪められるように。

「今日、嫌なことがあったの…」
「はい」

真面目くさった顔で、人を膝の上に乗せておいて、真面目くさった顔をして。
それでも私の『気持ち』を受け止めてくれようとするから。

「……だけど、綾那の顔見てたらなんだかどうでも良くなっちゃった」
「はい?」


― 貴方の前では笑わない私でいさせて。



そう願って、その願いを貴方は叶えてくれるのに。
…気付けばいつの間にか笑ってる。





貴方の前だと私は素直な『私』で笑えるの












…だから、心晴れる日も雨降りすさぶ日も隣にいて





















「恋人みたいじゃなくて『恋人』ですから、いい加減に認めましょうよ」
「綾那が敬語を使わなくなったらね」
「頑張りま………頑張る」




END
(13/08/26)

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