【5】

□Hug Me
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【Hug Me】






『Hug Me!』と書かれたTシャツに河豚の柄のシャツなんて『あの人にしては珍しいモノを選んだな』くらいにしか思わなかった。






「はい、ほら、おいでー」
「……このTシャツは狙ってだったんですね」
「んー?何の話かなー」

恋人に服を貰えば喜んで着るに決まってる。
が、そこに書いてある文まで深く考えて着ない(むしろ私は河豚のイラストの方が気にいっていたし)。

「ハグは嫌いなんですけど」

私のTシャツを見るなり抱きついてきた淫魔とそれに右に倣えのクロはとりあえずハグの前に地面にキスさせて。
だけど、おもむろに夕歩に抱きつかれて背中をぽんぽんされて全身が硬直したのが自分でもわかった。

「今日は全国ハグデーよ」
「初めて聞きましたよ、それ」

槙さんまで『それじゃあ…』とか言いながら抱きついてくるから思わず背中をぽんぽん叩き返してしまった。
…いや、まあ、なんだか和んだのは和んだんだ。
(なんでか元白服の人に睨まれたけど)

「無道さんを見ると抱きしめたくなるわよね、分かるわ」
「それは祈さんはそうでしょうけど」

河豚の描かれたTシャツを見下ろして。
なんだか気の毒そうな顔をしたゆかりが両腕を出してきた時にはさすがに辞退したけど。

「毎日がハグデーなのよね、無道さんは。それ着て駅前とかに立ってたらきっとモテモテだと思うわ」
「いや、おかしいでしょう。これ着てるからって本当にハグされてたら」
「ハグ嫌いなの?」
「不特定多数にはされたくないですよ」
「可愛い子が相手でも?」
「順なら喜ぶでしょうけど」
「…んー、『Kiss me!』って書いてある鱚のイラストのTシャツの方が良かった?」
「その場合、色んな人にキスされてもあなたが怒らないならいいですよ」
「ううん、キスするのは私だけ」

にっこりと笑う顔に深く深くため息をついてみて。
振り回されるのは何時ものことだから仕方ないのは分かっているけど。
…最近では祈さんに遊ばれてる私を微笑ましくゆかりやら夕歩やら槙さんが見るから居た堪れないのも確かにあるけど。

「抱っこは?」
「は?」
「ハグが嫌いなら、それならOK?」
「…違いはなんですか?」

ハグが嫌いなのは不特定多数にされたくないだけで。
好きな人に抱きしめられるのは嫌いどころか……むしろ、されたい。

「これがハグで」

ぎゅっ、と両腕を私の首に回して。
…私の顔が祈さんの胸に当たるように抱きしめるのはきっとわざとに決まってる。

「こっちが抱っこ」
「ちょ!ちょっ!待ってください!!」

ひょい、と。
細腕でもさすがに白服の人。
人の腰に腕を回して子供を持ち上げるみたいに軽々と人の体を抱き上げてくれるから慌てて暴れてその腕から逃れる。

「無道さん。抱っこ下手ね」
「下手、って…。上手な抱っこって何ですか?」
「黒鉄さん抱っこされる時、器用に玲の腰に足を回してしがみついてるわよ」
「………今度、神門さんに謝罪しに行きます」

あいつは、一体何をやってるんだ!と毒づく前にまた祈さんの両腕が私の首に回るから。
その腰に腕を回してみる。

「で?」
「『で?』って何ですか?」
「どっちが好き?」

どっち……って。
抱き上げられる趣味は生憎無い。
始球式のサラ・シャヒみたいに抱きつけと言われても……いや、抱きつく方が祈さんならそれはそれで……あの捕手のようにニヤける自信はあるけど。

「抱っこじゃなくて、こう……もっとなんか恋人っぽい抱き方ってあるでしょう」
「んー、無道さんのスケベ」

『スケベ』って……。
言いながらその瞳は楽しそうに笑ってるし。

「腰に足を回す、って冷静に考えれば卑猥な体勢よね……」
「それをクロと神門さんで言った後にそんな発言するの止めてくれませんか」

祈さんの体重くらいなら抱き上げれる自信はある。
けど、卑猥とか何とか言われた後にそれをするのは………。

「ね、無道さん…」

両腕を出して、これまたにっこりと笑う恋人に嫌な予感しかしないのは日頃の行いの所為。

「抱っこして」



















「……楽しいですか?」
「うん、楽しい」
「あの……スカートでその体勢はどうかと思うんですけど……」
「いいの。無道さん以外見ないでしょ?」
「私が見てしまうのが問題なんですよ……」








END
(13/11/22)

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