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□魔法使いの弟子
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【魔法使いの弟子】





私とその人が初めて出会ったのは人気のない昼休みの屋上。
ひどく真剣な瞳をして、空を見上げるから何か見えるのかと思って私も空を見上げた。
嫌になるくらいに透き通った青空。
確かに綺麗だけど、ただそれだけ。
だから、不思議だった。
この人は何を見つめているんだろう………?って。







その日、昼食も食べずに屋上に上がって行ったのは順と喧嘩したから。
まだ肌寒いこの季節、屋上に上がろうなんて酔狂な人はいない事は知ってたし。
きっと、今頃必死になって探し回ってる頃だろう。
喧嘩の理由はいつもの順の過剰すぎる過保護。

− あたしは姫を護るお庭番なんです

なんて言葉、聞き飽きた。
昨日、微熱が出た。
ただ、それだけなのに授業の合間にクラスにまで現れて、なんやかんやと世話を焼く順に頭に血がのぼった。
クラスメート達の『あー、またG組の久我さんね』『ほんとに静馬さんは過保護にされてるんだから』って言葉は聞こえなかったふりをした。
じゃないと、きっと順を殴り倒すくらいじゃ気は済まなかっただろうから。
…自分が病弱なのはわかってる。
順に迷惑を掛けているのもわかってる。
そして、それは順だけじゃない。
ゆかりや、そして他人には基本興味のない綾那まで私には過保護に接する。
面と向かって言った事は無いし、言われた事はないけどそれは感じていた事。
それに感謝すると共に息苦しいと思っている自分にも気付いていた。
私だって、自分の体の事くらい自分で守れるよ。

「…過保護すぎるのは子供に悪いんだよ」

誰が子供だ。
自分で呟いて、そう自分で突っ込んでみる。
誕生日的にはあの四人の中では私は順の次にお姉さんなのに。
……一番、チビだけど。
イライラの理由はそれだけでは無いんだろうけど。
ゆかりが怪我してから、綾那とゆかりが上手くいってない事や。
(綾那の情けなさには泣きそうになる。どうして、そこでゆかりの事をもっと信用しないの?って。……私は口出し出来ないけど)
何時までたっても自分と私の関係を隠そうと無駄な努力をしているお庭番や。
(あのね、あの綾那でさえ私達の顔立ちが似てる事に気付くくらいなのに、私がおかしいと思わない訳ないでしょ)
子供みたいで、毎月の検査を欠かさないこの体や。
(未だにクラスでも一番身長が小さい。ゆかりが背が伸びないと言ってたのを聞いて、少し殺意がわいた……)
一つ一つは大した事が無くても(いや、どれも大したことあるよねこれ…)
私の心を苛立たせるのには十分だった。
……うん、八つ当たりなのかな?
順に怒っても仕方ないんだろうけど……。
だけど、やっぱり……。

「バカ順」

毒づいて……初めてそこに人がいるのに気付いた。
あ…………。
少し驚いたようにこっちを見るから、今の呟きを聞かれたのが分かって頬が熱くなっていく。
うわ……、さすがにこれは恥ずかしい…。

「すいません、人がいるなんて思わなくて…」
「ううん、別にいいけど…」

物腰や体型でたぶん年上だな、と見当を付けた。
刀は下げてないから、剣待生では無い。
胸の校章が見えて、一つ上の三年生だという事が分かった。

「…そこ、寒くない?」
「はい?」

突然、言われて私は慌てて聞き返す。

「そこ、日が当たらないから寒いでしょ?こっちの方が温かいわよ」

確かに私の今いる場所は日陰になってて、かなり肌寒い。
対してその人の座っている所は日があたっていて、いかにも温かそう。
……だけど。

「ここで大丈夫です」

意固地になってしまったのはこの人まで私を過保護にするのか、なんて考えてしまったから。
馬鹿馬鹿しい。
初めてあったこの人が私の体の事なんて知るはず無いのに。
親切心から言ってくれたって言うのに。
だけど、自分の頑固さは自分が一番知ってる。

「…そう?」

その人はそう言うとまた手にした物を開いて、何やら作業を再開する。
それが何かはすぐに分かった。
ゆかりもよく持ち歩いてるから……スケッチブック。
こんな所で何をしてるんだろう?と思ったら、どうやらこの人はスケッチをしてるらしい。
静かにスケッチに集中し始めるから、ポケットから携帯取り出して画面を見る。
着信音を消してある待ち受け画面には着信を示すマークが出てる。
"着信32件”
って、ストーカー並だよこれ、順……。
たかだか数十分の間に何回かけたら気が済むんだろう?

― はあーっ……。

思わずため息をついて………その人が空を見上げているのに気付いた。
手に持った鉛筆も止まってしまっている。
つられて見上げて、だけどそこには別に何もあるわけじゃない。
ただ、雲一つ無い空が広がってるだけ。
何を見てるんだろう?と不思議に思って顔を下げると眼があってしまった。
穏やかで優しい瞳。
その瞳を悪戯を思いついた子供みたいに細めると、スケッチブックを手渡してくるから訝しく思いながらも受けとると……そこに私がいた。

「…え?」

機嫌悪そうに眉間に皺を寄せている姿は確かに私。
何時の間に?

「…折角の可愛い顔がこんな顔してると台無しだと思うけど?」
「これ……、今描いたんですか?」

問い掛けるとあっさりと頷かれた。
信じられない、たかだか20分くらいしか経ってないのに……。

「ざっと描いただけだから」

そう言う物の絵に関心が無い私から見ても、その絵がどれだけの腕前の物かわかった。
まるで魔法か、手品みたい。
この人、まさか魔法使い?
どこかのお庭番も手品師もどきのことを偶にするけど、こんな手品は初めて見るし。

「…魔法使いか、手品師みたいですね」

つい言ってしまったら、面白そうに笑われた。
…あ、なんか傷つく。
だけど、絵を描けない私からすれば本当に魔法みたいだったから。

「そうね…、私はどちらかと言うと魔法使いの弟子って所ね」

その言葉は大人っぽい外見に似合わなくて……だけど何だか可愛くて、つい笑ってしまった。
頭を過ぎったのは幼い頃に観た世界的に有名すぎるネズミの話。

「ほうきに魔法をかけた?」

おもわず問い掛けると楽しそうに笑ってくれる。

「そうよ、サボリ癖のある見習い魔法使い」

なんでか、真面目な顔で言うからまた笑ってしまった。
変な人……。

「あなたはそうやって笑ってる方が魅力的なのに」

スケッチブックをたたむとその人は立ち上がる。
日に透ける銀色がかった髪が綺麗だなー、なんて不意に思う。

「あまり、ゆかり達に心配かけない方がいいんじゃないかしら?」

言いながら携帯を指さされて、また着信画面が光っているのに気付く。
……って、え?

「ゆかりの知り合いですか?」

問い掛けたら、あちゃー、って顔をされた。
まー、確かに紹介された事は無いわね、なんて呟きながらまた着信中の携帯を指さす。
画面には『染谷ゆかり』の文字。
さすがに知らないふりをするわけにもいかない。

「それじゃあ」

短く言うとその人はあっという間に消えてしまう。
それこそも魔法使いみたいに。
流れるような動きに一瞬、見惚れてしまった。
綺麗な動きをする人。

「……ゆかり?」

まだしつこく着信をつげる携帯の通話ボタンを押す。

『そろそろ戻って来て。順がうるさくて仕方ないわ』

開口一番の言葉にまたため息が出る。

「しめといていいから、それ…」

『もう、やったわ』

そう言えばゆかりの声の後ろからはいつもならする順の声がしない。

「ありがとう」

それでも、その時にゆかりにその人の事を尋ねなかったのは自分でも不思議だった。
何だか、そんな風にあの人の正体を知ってしまうのは面白くなくて……。
それなら、このまま魔法使いのお弟子さんでいて欲しかった。





   
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