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□夏と花火と浴衣の美少女
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【夏と花火と浴衣の美少女】





夏と花火と浴衣の美少女!
そう順が言い出したのは花火大会前日。
死体じゃないだけいいけど、浴衣の美少女って何よ?
そう問えば人の顔をびしっ!と指さしてくれる。
(何度、人を指ささないのと言ってもこの人は学ばない)

「美少女ならここにいんじゃん!」
「はい?」
「そしてあそこにも!」

順が指した指の先には……綾那と夕歩の姿。

「…はい?」

浴衣を着て花火大会に行きたい。
それは女の子だったら一度は考えること。
だけど……。

「あなたが言い出すと何でこんなにいかがわしい感じになるのかしら?」
「んー?」

振り返ったら真剣な顔のまま、帯を締めていたからまたまっすぐ前を向く。

「順、帯だけお願い」
「んー、ちょっと待ってねー、夕歩」

無駄にハイスペックなうちの恋人は浴衣の着付けが出来るらしく。
鮮やかな手付きで(途中で何度も『ノーブラで着るべき!』と言うからうるさかったけど)私に着付けをしてくれた。
夕歩だってさっさと自分で着付けしてたし。
浴衣は夕歩の物を借りた。
何でも順が実家からこの日のために自分と夕歩の分を送ってもらったらしい。
(しかも今時のマジックテープでベリベリってタイプじゃなくて、ちゃんとした浴衣。…まあ夕歩がそんな物着ないとは思うけど)
今度は夕歩の帯を締めてるから感心して見入ってしまった。
夕歩の髪を結ってあげて、今度は夕歩に結ってもらって。
浴衣と言うのは見栄えはいいけど、動きにくいし暑いものだと言うのは今更に思い出した。

「綾那も着なよ、あたしの貸すから」
「誰がんな動きにくいもん着るか」
「けどさ、浴衣でエッチって往年の夢が叶うよ!」
「誰がそんな夢語った!それはあんたの夢だろが!」
「あたしが一体何のために着付け覚えたと思ってんの!脱がしたのを着せるためだよ!」

夕歩と二人で順に鉄槌をくわえて、その耳を引っ張る。

「……誰かのを脱がして着せた経験があるの?」
「い、いや、それは今日初めて行う予定です」

出かけようとしたら夕歩が綾那に何か言っているから順の耳を引っ張りながらそれを眺める。
夕歩に何か言われた綾那は慌ててTシャツを脱いで別の物に着替えてるから首をかしげる。

「どうしたのかしら?」
「あのTシャツで一緒に歩くのに抵抗があったんだと思うよ」

脱ぎ捨てられた黒のTシャツの胸元には白の筆文字で大きく『安静』の二文字。

「……次は『退院』とかかしら?」
「いや『面会謝絶』とかじゃないかな」

残念ながら二人とも予想は外れ。
眼鏡柄のTシャツに着替えて来た綾那に案外普通ね、なんて思ってたらバックプリントに視力検査表が書かれてて呆れる。

「あー、あたし2.0見えるわ」
「あなた、目だけはいいのよね」
「なんだかその言い方引っかかりますが」

歩き出した視力検査表と小さなポニーテールを見ながら私達も歩き出した。

「うんうんうん、やっぱ浴衣の美少女はいいねー」

下駄をカタカタ言わせて、私と夕歩の廻りを歩きながらうろちょろするから邪魔になる。

「惜しむべきは綾那だけそれって事だよねー。せめてミニスカとかにしようよ。そんなおっさんが履くみたいなサンダルじゃなくてミュールとか履いちゃおうよ!」

わあわあとうるさいから、夕歩と先になって歩きながら綾那が順に怒鳴ってる声を聞くともなしに聞く。

「……まともにしてれば順だって美少女なんだけどね」
「あの人の中身は限りなく変態に近いヘタレだから」
「なんで順の荷物、あんなに大きいんだろ?」

言われて振り返ったら綾那に丁度首を絞められている所だった。
私と夕歩はせいぜい携帯と財布くらいしか入らない小さめの巾着なのに順だけは大きな籐のバックを手にしてる。

「きっといかがわしい物でも入れてるんでしょ。…綾那、お願いだから普通に歩いて」

人通りが増えて来たと思ったら縁日の屋台が並ぶ通りに辿り着く。
人が多いからはぐれないように夕歩と手を繋いで、振り返ればもう綾那たちの姿が消えていた。

「……いなくなるの早過ぎよ」

はぐれたにしてもこれは無い。
立ち止まろうとして、だけど人の流れを遮ってしまうから仕方なく夕歩と歩き出す。

「まだ花火始まるまで時間あるから大丈夫だよ」

辺りを見回しても見つからないから諦める。


「そうね。…どうする?」
「何か食べようよ」

目をきらきらさせて、並ぶ屋台を物色しだすから頬が緩む。

「そうね、たこ焼き以外ならいいわよ」
「…ゆかり、たこ焼き嫌いだっけ?」

足を止めたのは焼き鳥の屋台の前、豚バラって……なんだか最初からヘビーな物をチョイスしてくれる。

「嫌いじゃないけど」

代金を払って受け取った豚バラをかじりながらまた歩き出す。
順の夢見てた浴衣の美少女が豚バラをかじってていいんだろうか…なんて思ったけど、それはそれで可愛く見えてしまうんだから静馬夕歩と言うのは恐ろしい子。

「順が食べたい食べたい言ってたから一緒に食べようと思って」
「ふぅーん…」
「……なに?」
「別にー」

……そのニヤニヤするの止めてくれないかしら。

「ねーねー」

最初は自分たちに声かけてると気づかなくて。

「ね、二人だけ?」

だけど、目の前に立って進路を妨げられてその人たちが自分たちに声かけていることに始めて気づいた。
たぶん大学生くらいの男性二人組。

「良かったら一緒に花火見ない?」

……ナンパされてるんだと一瞬気づかなかった。

「いえ、友達がいますんで…」
「女の子?彼氏じゃないよね?」

彼氏です、と答えてさっさと立ち去ろうかと思ったけど。
その嘘はなんとなく罪悪感を感じて。
もちろん、それはこの初対面の人たちにじゃなくはぐれた二人に対して。
……あの二人がいてもナンパされたかしら?
無意識に夕歩を背中にかばって、口を開こうとすると…。

「おー、いたいた。置いてかなくてもいいじゃん」

暢気な声と同時に順は私とナンパ男の間に滑り込む。

「あ、友達?俺たちと……」
「いやー、間に合ってますから」

にっこりとそれはもうにこやかに順はナンパ男に言うと……………………ちょっと。
夕歩の手を引いてさっさと歩き出した。
そこで手を引く相手は夕歩なのね、ああそう……。

「何だ、あれ?」

順たちの後をついて歩き出すと隣に並んだ綾那が聞いてくるから肩をすくめる。

「ナンパでしょ?」
「ああ、だからか」

納得したように呟いて、手を繋いで歩いて行く順たちを気にした様子も無い。

「顔色変えて走り出すから何かと思ったらそういうことか」
「それは大事なお姫様でしょうから」

まだ繋がれた手を眺めてると綾那が苦々しい笑いを浮かべてる。

「…なに?」
「いや、たぶん危なかったのはあの人たちの方だから」

物欲しそうに見るからまだ食べかけだった豚バラを手渡す。

「ありがとう。……夕歩、前科があるから」
「前科?」

器用に豚バラを歯に挟んで串から引き抜くともぐもぐ噛みながら綾那はまた笑ってる。

「前にナンパして来た相手……て言っても今回よりずっと質が悪い感じだったらしいけど」

立ち止まって順と夕歩が物色してるのはたこ焼きの屋台。

「持ってた傘でぼこぼこにしたって」
「………嘘でしょ?」
「しかも、フリルの付いた日傘」

そう言えば可愛いと思ってた日傘を買い換えてたからどうしたのか尋ねたら壊したって言ってたわね…。
白くて赤いフリルとワンポイントで薔薇の絵が付いてる夕歩にお似合いの日傘だったけど…。

「染谷ー、たこ焼きチーズと餅入りでいいー?」
「…いいわよ」

自業自得だけど、本当に自業自得だろうけど少しだけその人たちに同情した。



   
   
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