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□食べものシリーズ
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【ネギ豚タン塩】
「ね、付き合おう」
肉の焼き加減はどう?
そう聞くような口調とお手軽さで。
腐れ縁とも呼べる仲、そして何時も肉を焼く係のこいつが今更あたしの好みを一々聞くわけないんだけど。
今となってみればこいつは付き合っていた男たちの誰よりもあたしを理解していると言う現状。
「肉焼けすぎる」
「あー、はいはい」
皿に載せられるねぎ豚タン塩。
ちゃんとレモンも搾ってくれる。
うん、とにかく一緒に焼肉を食べるならこいつが一番。
「美味しそうに食べてないで返事は無いんすか?」
返事…………?
あー。
「追加なら次はトントロ」
「豚好きだよねー、あんた……じゃなくって!」
ふざけんな、って顔で睨みながらも店員のお姉ちゃんを見つけると律儀に追加注文してるあたりこいつのまめさが窺い知れる。
「さんきゅー」
言ってないのに、中身が少なくなったジントニックもついでに頼んでくれるし。
「あんたみたいな彼女いたら便利だよねー」
「でしょ?じゃあ、付き合っちゃいましょーよ」
「それはイヤ」
「イヤなんかい!しかも、便利って何気にひどいこと言ってるし」
今更そこにツッコムか?
こいつ、顔ならわりといい方だと思うんだよね。
性格も基本温厚で尽くすタイプだし。
『彼女にしたい』って思う男はきっと山のようにいるとは思うんだけど。
なにをどー間違えたか、あたしに惚れてるらしい変わり者。
「だいたい、愛の告白をねぎ豚タン塩焼きながら言う人がいる?肉焼けすぎちゃうじゃん」
そこかよ……、とかまたブチブチ言うから今度はあたしが肉をひっくり返してやる。
「あと、色気無さすぎだって」
レアがいいあたしと違ってこいつはしっかり焼く派。
「色気ったって……私とあんただし」
だから、肉を頬張りながら言うなよ。
「じゃあ、ここ出たらホテル行こうよ、することしよ」
大きく喉が動いたのは肉を飲み込んだからだけじゃない。
「……ホテル代、勿体ない」
「一世一代の大勝負なんだから、あんたもケチ臭いこと言わないの」
告られた方から誘ってるのに、こいつの顔はうかない。
それはたぶん次にしようと思ってる質問の答えが分かってるから。
「……それはYESってことっすか?」
「いや、NOだけど?することしたらあんた満足するかなー、と思って」
「そんな愛の無いのはいやっす!」
いい年した大人が焼肉屋で愛とか叫ぶな、さむいから。
「なんで?ヤルだけヤッたら満足するかも知れないでしょ?」
「カタカナで言うなー!」
「したくないと?」
「……言うか、バカ」
言ったも同然でしょ、それ。
「じゃあ、あんたの部屋でもいいけど?」
「それは彼女になるってことだよね?」
「いや、じゃなくて。あえて言うなら………セフレ?」
「セフレかよ!だから、そーいうことを言うな。あえてとかいらないから!つか、肉焼くな。人の話を聞け」
あー……ねぎ豚タン塩も追加しとけば良かった。
「聞いてるって」
こいつ、ねぎ豚タン塩好きなんだよね。
後、あたしが好き。
「あんたも飽きないよねー。答えは分かってるだろーに」
「『あんたは友達。恋愛対象には見れない』でしょ?」
「その通り」
何十回とされた愛の告白。
最近じゃ、『愛してる』すっ飛ばして『付き合え』になっちゃってるけど。
『結婚しろ』になる日はそう遠くないとあたしは睨んでる。
「……もー、いいよ。その内、あんたの気が変わるかもしれないし」
「あたしはストレートだって」
女になんか興味ないの。
「人は変われるものっす」
あんた以外の女に告られたら気色悪いに決まってる。
「中々、変わらないよー。あんたの好きな人は」
一緒に焼肉も、あんたの好み把握したりも無いから。
女をホテルに誘うなんて冗談もほどほどにしてくれ!って感じだし。
「けど、私があんたを好きなのはとりあえず伝わってるみたいだからオッケーっす」
ニヤッて笑って言うから、その諦めの悪さに拍手してやりたくなる。
「まー、あんたのあたしに対する愛だけは認めてあげよう」
ねー、あんたに対するこれがなんなのかあたしには分からないんだよね。
……だからさ、確認させてよ。
「ホテル行ってみる?」
「だーから、YES貰ってからじゃないとイヤだって!」
「…頭の固いヤツ」
「私が男だったらヤッてただろーけどね」
ヤッていいって言ってんのに。
…あんたと寝たら、この感情に名前を付けてあげられるかも知れないから。
「エンドレスだね、あたしたちのこれも」
「望むところっす!」
ばーか、なんか可愛い顔で笑ってそんなこと言うな。
あたしはあんたみたいに気が長くないの。
こっちは望まないんだよ。
名前が付かないまま、あんたにはYESとは言いたくない。
YESが欲しいなら、あんたもさっさと覚悟決めろ!
……なーんて、ご都合主義なのは自分でも分かってるけどね。
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