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□染谷ゆかりはかくも語り
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【染谷ゆかりはかくも語り】



最初はそう放っておけないとか、見てられないとかそういう感情だったの。
だって、私と同じ年のその子は傷だらけで何時もびくびくしてたから。
それについての詳細は私も何となくしか聞いてないから、詳しくは話せないけど。
だから、好きだとか愛してるとかそんな感情の前にその感情が一番奥にあったんだと思う。
『放っておけない』
……これって間違った事じゃないわよね。



私とあの人が別れたのは私の顔に傷を付けられたせいじゃない。あの人だってそんな事分かってるだろうけど、分かろうとしなかった。
ただただ、自分を責めて引きこもって。だから、あえて貴方から離れたのに。
何よ、それ?って思った。夕歩とつきあい始めた?
勘弁して…、って思ったけど。大決心しました。殴るなら殴ってくださいって顔でそれを報告しに来た夕歩に私の毒気はすっかり抜かれてしまった。
……そうよ、確かに私は気づいてたの。夕歩が綾那に惹かれてるって付き合ってた頃から。
でも、夕歩は隠そうとしてたから私は気づかないふりをした。
だから、こうなったのはある意味自然なことだったのかも知れない。
夕歩なら綾那を大事にしてくれる。だから、私は大人しく夕歩に祝福の言葉をおくった。だって、それ以外に私に出来ることなんて無いでしょ?

― あたしは何時でも明るく軽薄でエロ丸出しのお調子者の忍者です

その言葉を思い出したのは何でかそんな時だった。
そんな事言われなくても知ってるわよ。と、言うかいきなり何?って思ったのを憶えてる。

― あのさ、一人で抱え込むのって体に悪いよ
― 夕歩とか上条さんには言えないことってあるでしょ?

…順が意外によく私の事を見ていることに気づいたのはその時だったのかも知れない。その後も順は何かと私の世話をやいてたくれたから。
それも決して親切ぼかした優しさじゃなくて、オブラートにそっとくるんでそれが優しさだって分からないようにいつもの冗談に交えて。
正直な話し、それに救われている自分に気づいた。
この人になら槙先輩や夕歩にだって話させないことも話せるかも知れない、って。
自分の中のモヤモヤした気持ちを発散できずにいた私はだから、つい順に会いに行っていた。その日、綾那はいないことを知ってたし。
本当に……何て言うのかしら、順に話しをしている内に心の中にあったモヤモヤして物が薄れていくのを感じた、気が楽になるって言うか…。
きっと、私は弱気になっていたんだと思う。綾那も夕歩も私から離れて行ってしまって。一人で取り残されたような感じがして。
だからかも知れない、その腕に甘えてしまったのは。温かい体温や伝わってくる鼓動の音、凄く安心してしまった。


…あの人を叩いたのは反射的にやってしまった事、もちろん手加減なんて無しでおもいっきり。
だって、そうでしょ。そんな風な時にいきなりキスしてくるなんて。
しかも『慰めるなら体で』ってね、あなた……最悪。
この人は本当は真面目で誠実なんじゃないかって考えはあっさりと打ち砕かれてしまった。
…でも、でもね、その……後で部屋に戻ってみて気づいたのはそれが不快じゃなかった事。それは咄嗟に平手打ちしてしまったけど、キスされたこと自体には怒っていない自分に気づいた。たぶん、腹が立ったのはいつもの冗談でキスを誤魔化された事。
あの時、もし…凄く真剣に告白でもされたなら私はきっとNOとは言えなかったはず。
…むしろ、OKと言っていたかも知れない
でも、それって……私が順のこと……。
…いけない、また思考が同じ所をぐるぐる回ってる。
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