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□久我順はまたも語り
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世の中、そうそう上手くはいきません。
それを学ぶくらいには順さん、生きてますからね。
何を悟った事言ってんだ、若者って言われるかもしれないけどさ。
確かにまー、まだまだ未熟って言えば未熟な年だけどさ。
人生語れるくらいには生きてるとは思ってるから。
だから、またまた語らせていただこうと思ってるんす。



【久我順はまたも語り】



いや……まあさ、こんな風に気取って格好付けてもさ、こんなのただの愚痴だって事は分かってますから。
それでもいいよ、とりあえず聞いてやる。って方だけでも聞いてあげてよ。
それでは久我順ちゃんの在り来たりで厄介で空回りで馬鹿げた物語の始まり始まり…。


…あ、言い忘れてた。
テンポ悪いぞ、お前。とかって突っ込みは無しの方向で。
この物語はそしてあたし久我順と染谷ゆかりの最後の物語。
それでは、今度こそ始まり始まり……。




『Stuck』




明かりが付いてたからいるんだろうと思ってドアのインターフォンを押すけど、何の応答も無し。
二回続けて押すのはあたしの癖だって分かってるから、こんな時間でもドアを開けてくれると思ったんだけどな。
まー、そこら辺の変質者なんて全然相手にならないくらいに強いけどさうちの彼女は。
とりあえず、合い鍵をとりだしドアをあける。

「ゆかりー」

トテトテとリビングまで歩いて行って、途中にあるバスルームから聞こえてくる水音に足を止める。
あー、お風呂タイムだったのね。

「ゆかり」

いきなり開けてびびらせ無いように声をかけてからドアをあける。
そこにはいつ見てもよだれ出そうなナイスボディ。
バスタブに入っててもその存在感は圧巻物。

「…来るなら連絡くらいして」

バスタブにもたれかかって気怠げに言うと一睨み。
んー、こういう所はほんと変わんないよねー。

「いや、電話しようとは思ったんだけどさ」

話ながら手早く服を脱ぎ、濡れないように髪をまとめるとバスタブに飛び込む。
冷えた体に温かいお湯の感触が心地いい。
さすがに二人は狭いから膝の間にゆかりの体を挟み込むようにする。
色白な背中にキスを落とすと肩を揉むように催促されたから、丁寧に揉みほぐす。
うっわ、ガチガチじゃん。
最近のゆかりさんはマジでお疲れだもんね。

「あなた、バイトは?」
「あー、うん……」

肘で肩を刺激しながら歯切れ悪く答える。
本当ならこの時間はまだバイト中、なのにあたしが今ここにいるのは……。

「…クビになっちゃいました」

一瞬の間の後、ゆかりはゆっくり…ゆっくりと振り返る。
あのさ、怖いからそのホラーみたいな振り返り方止めてくんないかな?

「今度は何やったの?」

はい、最初で言った通り世の中そうそう甘くありません。
そして、ゆかりの言葉で分かる通りに順ちゃんバイトをクビになるのこれが初めてじゃなかったりする。

「いや、その……同じバイト女の子が客に絡まれててさ」

それだけで分かったのかゆかりは盛大なため息をつく。

「…何やったの?」
「ビール、ぶっかけた」

頭痛いって感じにゆかりは頭を押さえるとさくさくと立ち上がりバスタブから出てしまう。

「あのー、ゆかりさん?」

ゆかりは口を開きかけて、すぐに閉じる。
言いたい事はたくさんあったんだろうけど、今現在の状況を(風呂場・裸)思い出したと思われます。

「…早く上がって来て」

……バスルームを出て行く背中を見つめながら、あーあ今夜は説教だなと小さくため息をついた。





染谷ゆかり、27歳。現在、雑誌編集の仕事をしている。
一人暮らしには勿体ない2LD暮らし。
その部屋ででも分かると思うけど、結構な高給取り。
(下手したらあたしの倍は稼いでます、この人)
美人だけど独身。
(って言うか、あたしがいるんだから結婚するわけがない)
…そして、あたしとは10年以上の付き合いの恋人です。



いや、あたしさ要領はいい方だと思うんだ。
手先も器用だし愛嬌もある。
それこそ、今日まで働いてたみたいな居酒屋とかはあたし向きのバイトだと思ってんの。
だけどさ、一つだけ欠点が……それは困ってる女の子を見るとほっとけないって事。
穏便に事を納めればいいのに、気がつけば今日みたいにお客さんにビールを掛けてたなんて事が多々あって……。
(両手に持ってたの全部だから、ええっと……大ジョッキで6杯ぶん!)
バイトをクビになるのもこれで何回目だろう?
時間をかけてお風呂を終えるとゆかりはパジャマ姿でラップトップのパソコンに向かってた。
何やら、カチャカチャとやってるけどそれがネトゲとかの類じゃ無いくらいあたしにも分かってます。

「…家でまで仕事しなくても」

後ろに立ち、その肩をまた揉む。ほんっとガチガチ。
体壊しちゃうよ、これじゃ。
ここ数年、ゆかりは休む暇も無いくらいに多忙らしくあたしは放ってかれる事も多くなってる。
これぞいわゆるワーカーホリックってやつですね。

「仕方無いでしょ」

素っ気無く言ってパソコンから眼も離そうともしない。
なんかムッと来て肩を揉みながら、その首筋にキスするとほんとにうざいって感じで押し返された。

「邪魔しないで」
「いいじゃん、そんなの止めてベット行こうよ」
「私は誰かさんと違って昼まで寝てられる程暇じゃないのよ」

……あー、今のは本気で傷ついた。
だけど、マッサージを止めたあたしにもゆかりは気付いてない。
黙々と仕事を続けてる。
スコップ片手にガリガリと目の前で溝を掘られてる気分。
最近ではそれがスコップじゃなくて、ショベルカー並の馬力で掘られるようになってきてるけどね。
いや、こんな事を言うとさ性生活が無いみたいに思われちゃうかも知れないんで、ちゃんと言うけど一応してますよ。
はい、一応ね。
……ええっと、ちょっと最後にしたのが何時かすぐには思い出せないけど。
うん、まぁさ、年数を重ねるにつれて最初みたいな情熱は無くなるって分かってます。
盛り上がりに盛り上がって一晩中なんてのはさすがに無いって。
けどさー、なーんか納得いかないのはたまにエッチする時でもゆかりはあたしを求めてるんじゃなくて、ただ単に性欲とかストレスのはけ口にあたしを使ってるだけなんじゃないかとか感じちゃうから。
セックスは時間じゃない、って2時間も3時間もすりゃーいいってもんじゃない。
だから、分かってるんす。そんなことくらいは。
だけど、キスもろくにしないで服も脱がずに要点だけ押さえて30分で終了……なんて事が続くとさすがにちょっと待てよ、お前ってなるでしょ?
しかも、自分が終わるとすぐに寝ちゃうし。
もっと、じっくりまったりと楽しみたいって言う順ちゃんの気持ちと持て余す性欲はどうしろと?
眠ってしまったゆかりの背中に引っ付きながら、何度涙を飲んだ事か………。
負担にはなりたく無いから(仕事でお疲れだとかね)、それでも我慢してるけどさ。
これじゃあまるで、あたしはゆかりの一人エッチを手伝ってるようなもんじゃないですかね?
それとも、12年も付き合うとどんな恋人同士でもこんなモンなのかな?
(参考までにと綾那に聞いてみたら10年物の釘バットでしめられました)
うん、まあ愚痴はこの辺にしてそろそろ本題に入るとしましょうか。
(これ、前置きだったのか……)




   
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