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□無道綾那のスーツと静馬夕歩のドレスについて
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【無道綾那のスーツと静馬夕歩のドレスについて】




以前、ゆかりと話したことがある。
夕歩の顔色を窺って酒も好きなように飲めない、と。
…こう言うと語弊があるかも知れない。

― 行動を制限されるのが嫌になるんじゃないの?

あの時のゆかりはたぶん機嫌が良かったんだと思う。
忙しく働く順を眺めながら、唇の端に笑みを浮かべて酒を飲んで。
ただ、それだけであの頃のゆかりはご機嫌になれていたから。
…また語弊のある言い方かも知れない。
私をからかうだけからかって、もし本当に私が夕歩の悪口なんて言おうものなら眉間に皺を寄せて私を畏縮させるいつもの口調できつい説教をくらうだろうことくらい私にも予想出来て。
…だけど、そんな事なんて関係なく私が夕歩の不満なんて口にするはずがないんだ。







幼馴染であり親友である染谷ゆかりと腐れ縁で一応親友と呼べるであろう久我順。
(順の方はまあ…一応、義理の姉になんのか……)
二人が語る物語の裏では私と私の恋人である静馬夕歩の物語も進行していて…。



「………………」
「…あー、夕歩?」

まあ、あれだ。
表裏一体とまでは言わずとも、あいつらの物語は確実に私達にも影響している。
だいたい、夕歩の機嫌がこんなに悪くなってるのは…。

「…花嫁の親族ってドレスでいいのかな?」
「いいの、今回は」

一緒に買い物って、そんなのは珍しいことでも何でも無く。
(むしろ、私の服は夕歩が全部選んで買っている。私が付いてくるのはサイズが合うかの確認と荷物持ちのためで)
だけど、こんなに御機嫌ななめで買い物をする羽目になったのはそれの使用用途が気に食わないから。

「…出なくていいなら出たくない」

むっつりと口元を歪めて。
姉である以上にきっと大切な人間の結婚式に出たくないのはきっとその結婚について反対しているから。
これがきっとゆかりとのだったら、こんな風に嫌々に衣装を選んだりしていない。

「気持ちは分かる。けど、それだと…」
「……わかってる」

歩きながら手当たり次第に私の腕にどんどんドレスを乗せて行くからひたすらに受け取って。
サイズだけしか見ずにデザインなんて碌に確認もしていないのはさすがに私にも分かって。
(…だって、明らかにその、なんだ、胸回りがアレなデザインもあるし)
二人とも参列なんてしたくない結婚式は、だけどそれはその花嫁自身が私達のためにしてくれた事で。

― あんた達だけでも幸せになってよ

そういうあんたの幸せは誰が運んで来るんだよ。
馬鹿馬鹿しい自己犠牲をそれでも疎かに出来ないのはそれがどれだけ馬鹿げていて下らない事でもあいつにとって精一杯の私達への愛情だから。
両腕に重ねられて行くドレスの隙間からまだ積み上げようとする人の怒ったような横顔をこっそり見つめて。
こんな顔しながらでもドレスを選んでいる夕歩だって考えていることはきっと同じはず。
(しかし、これ、全部試着するつもりなのか、夕歩)
(試着した後に夕歩が傷つくようなドレスはちょっと…)

「綾那、どれがいい?」
「え?あ?」

前進するにしても首を精一杯伸ばして前を確認しないと進めないくらいにドレスが積み上げられた時点で夕歩に問われた。

「いや、よく見えないし、私は服とか選ぶのは…」

いや、あの、すまん。
選ぶも何もこれじゃ碌にどんなドレスか確認も出来ないし、第一私は服の趣味が良くないらしいし…。

「選んで」

はい、選びます。

「…じゃあ、この緑っぽいヤツ」

両腕いっぱいに抱えたドレスの中から夕歩に似合いそうだと自分なりに思ったものを示して。
夕歩の服を選ぶってだいたいにして私には向かない……ああ、そうか。
試着室で私の選んだドレスを着てる恋人のチャックを上げながら、
夕歩の『怒り』はたぶんアホな花嫁と、いつもならこんな風に服で悩む時は一緒に選んでくれる親友に対しても。
……もしくはマヌケ面さらして夕歩に付いて回ってる私に対してなのか。

「似合う?」
「夕歩は何着ても似合う」
「…綾那、そういう受け答え上手くなったよね」

質問に即答すれば微妙に眉を下げるから。
だけど、その顔は悪い感じではなく少し、本当に少しだけ針が揺れるみたいに夕歩の感情が動いて。

「本気でそう思って言ってるから」

思ったことを口にするようになったのは夕歩がそっちの方が好むから。
不器用に、どう伝えていいのか悩みながらそれでも口に出すようしているのはその方が夕歩が笑ってくれるから。
(…まあ、どっかのお庭番に入れ知恵された、ってのも少しはあるけれど)

「…知ってるよ」

鏡越しに夕歩の顔を見つめて。
触ればはじき飛ばされそうだった夕歩の周りのオーラが急激に静まって行くのを肌で感じる。
少しだけ唇を下げたのは未だ怒っているわけじゃなく、八つ当たりしたのが(うん、私は気にしないのに)気まずいから。

「…もう、これにする」
「え?もう?他のは?」
「店員さんに返しておいて」

あれだけ積み上げておいてこんなにあっさりと決めてもいいものなのか、と戸惑いつつ。
だけど、さっきのドレス姿の夕歩は魅力的だったから私になんの異存もない。
包装されたドレスを受け取ればそれを持つのと反対の手を夕歩が握ってくるから、ゆるく握り返して微笑みかける。

「次、綾那の選ぶ」
「あー、いや、私は持ってるスーツのどれかでいい。わざわざ買わなくて」
「ドレスは嫌?」
「いざと言う時に動きにくい」

反射的に答えて、結婚式でどんな『いざ』があると言うのか。
あれかブーケを奪い合う時に裾が邪魔になるとか、逃げた花嫁を追いかけるのに走りにくいとか、我慢出来なかった夕歩が暴れるのを止めるのに動きにくいとか。
……馬鹿な花嫁を式の真っ最中に攫うにはそっちの方が都合がいいとか。

「…私もスーツにしようかな」

いや、待て。
待ってくれ、夕歩。
そんな花嫁の親族が式をぶち壊す気満々でどうするんだ。
考えた事は同じなのはさっきまでと正反対に楽しそうに口元を綻ばせるから。
握った手を引っ張ってそれでも夕歩の足はスーツ売り場の方へと。

「仕方ないから私は我慢するけど、綾那のスーツは私に選ばせて」
「いつも夕歩が選んでるでしょう」
「そうだけど…」

私の顔を上目づかいに見上げて、ななめだった機嫌がまっすぐになった顔で笑いかけてくるから大人しく頷いて。

「最高に格好良くて素敵な綾那にしてあげる」

何にしてもあんたが幸せそうに笑うなら、私は何だって……。
あんたが幸せになれるなら、私はどんな事でもするから。










まあ、次から次に何着も何着も試着させられてクタクタになった話は今は置いておこう。



  
   
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