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□Drinks For You
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【Drinks For You】




星すら見えない闇夜を見上げて、薄暗い街灯じゃ星を隠すだけの力も無い。
二人分の足音を聞きながら、闇夜を見上げて吐き出した息は恐らく相当なアルコールの香り。
終電電車の中が混み合ってなかったのが幸いだ。
これじゃ隣に座られた人が迷惑だろう。

「無道さん、お酒くさい」
「…わざわざ言われなくても知ってますよ」

そういう祈さんも……まあそう多くは飲んでないか。
二人分の足音、私のじゃない音は規則正しく鳴っているから酔う程は飲んでない。
私の方は……少々ぎこちない音を立てるのは調子に乗って飲み過ぎたせい。

「ウオッカ立て続けに32杯も飲むから」
「そんなに飲んでませんし、ビール瓶に吐き出すくらいの芸当は知ってます」
「……ビール瓶?」

怪訝そうな声の響き、だけどこの暗さじゃ表情までは確認出来ない。

「っと!」

些細な段差はいつもなら見えなくても避けれる。
引っかかって躓きそうになるのはやっぱりアルコールが良い具合に効いてる。
「大丈夫?」
「大丈夫ですけど……普通は首根っこ以外の所を掴むべきですよね?」

首が締まるから慌てて立ち上がって、それでもまだ掴んだままだからそっと外させてもらう。

「咄嗟にそこしか掴めなくて」
「…まあ、そういう事にしておきます」

反論は無駄だと最近さすがに悟ってきた。
それでも本格的に締まらないように力を加減してる辺りが恐ろしい。

「……あー」
「どうしたの?」

暗い道を、駅から自分の家までの帰り道を眺めて。
周りに誰もいない事を気付く。

「今度は連絡ください」
「……何?」

あ、要点が伝わってない。
あー……どう言えばいいんだ?

「来い、と言われれば行きますから」
「私はどこに無道さんを呼び出すの?」
「駅に」

不揃いな足音が響く道は普段、自分一人で通る時には気にしたことも無かったけど。

「祈さん終電逃したとかってうちに来るでしょう?遅い時間は危ないから迎えに行きます」

何故かしばしの沈黙。

「変質者くらいなら笑顔で撃退出来る自信あるけどなー」

しばらくして返ってきた返事に同意しかけて、それとはまた違うと思い直す。

「変質者の身が心配とか言わないでよ」
「そこまでは言いませんけど」

歩きながらも今日は何故だか家になかなか辿り着かない。
それでもこの空気は心地よいから歩調は早めない。

「私が嫌なんです」

以前なら気にしてなかった事、思っても口に出せなかった事。
それが今は素直に口にしていい事実にまだ慣れない。

「……無道さん、酔ってる?」
「酔ってませんよ」
「ううん、酔ってる。手、貸してあげましょうか?」

差し出された手の平に苦笑して、いつもなら先に酔いつぶれる祈さんにそう言われるくらいには似合わない事を言っているのは自覚してる。

「手ならいりまっ…!!!」

今度引っかかったのは些細な段差なんかじゃなく、もっと大きい物。
さすがに私だってこんなの目の前にあれば気づく。
咄嗟に付いた手のひらの砂を払って……擦りむいたらしくひりひりした……隣ですました顔をしてるであろう人を見つめる。
そう目の前にあれば気付く。
…だけどそれがさり気なく足に引っかけられた物だとしたら?

「……今、私の足引っかけました?」
「ううん。ほら、やっぱり無道さん酔ってる?」
「………………」

釈然としない。
だけど、また差し出された手の平には首を振り立ち上がるとまた歩き出す。

「一人で歩けっ……!!」

………今度は鼻から行った。

「っう……」

突っ伏したまま、起き上がる気力も無くてずきすぎする鼻をさする。
眼鏡は無事なのがせめてもの救い。
てか、さすがに痛い、これは痛い、泣きそうになるくらい痛い。

「ほら、大人しく手借りないから」

しゃがみ込んでまた手を差し出すからさすがに睨み付けた。

「………祈さん、私に何か恨みが?」
「何か恨まれる覚えがあるの?」

何時までも地べたに寝てるのは楽しくないから起き上がって……まだ差し出された手にふと気付いた。
あー……、もしかして……………。

「………じゃあ、手貸してください」
「よろこんで」

― もしかして……手、繋ぎたかったんですか?

そう聞いて、それが当たりでもハズレでも気恥ずかしいのは一緒だから。
ひりひりする手で差し出された手を握りしめた。

「……祈さん」
「はい?」
「酔い覚ましに遠回りして帰りたいんですけどいいですか?」
「…よろこんで」

遠回り遠回り遠回り。
私たちに付きまとう言葉。
だけど今日だけはその遠回りが楽しくて嬉しい。

「無道さん、私お迎えはいらないから」
「いや、だから私が嫌なんです」
「大丈夫。私、誰かの家に泊まるって目的でも無い限り終電逃したりしないから」

言ってひりひりする手を強く握る人の顔はあえて見なかった。
少しは照れた顔をしてくれているのか、それても何時もみたいに平気そうに笑っているのか。
どっちにしてもそれを確認するよりも自分の顔を見られないようにするのが先だった。

「…帰り着いたら手の消毒してくださいね」

そう言うだけで精一杯だった事だけは述べておく。








本当に不器用すぎる、なんて私と彼女。
どちらに向けた言葉なんだか。





END
(15/09/06)

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