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□Kiss Me Goodnight.
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【Kiss Me Goodnight.】




…雨ってのは冬の方が似合う。








色彩の無い空に色彩の無い雨は良く似合って。
色味の失せた世界はシンプルで付き合いやすい。
なんて感じるのはあたしだけでアイツにすれば『面白みの無い季節』らしく。
だけど、冷えた鼻先を人の頬にすりつけて嬉しそうに笑ってるツラはそう『面白くない』って顔でも無く。

「そう言えば…」

雨と冬と夜のせいで部屋の中には色彩が失せて。
だけど、不思議に隣にコイツがいてその肌に触れるだけで世界が鮮やかになンのは何でか。

「無道さん、最近帰ってこないの」
「ガキにはガキの都合があるンしょ?」

情事の後のタバコは嫌がるから我慢して。
その代わりに口寂しさは別のもので埋めてもらう。

「連絡は定期的にしてくれるからいいんだけど…」

どっちも私を心配させるから、なんて言葉は無視してキスで黙らせて。
誤魔化す行為はだけど『誤魔化す』って目的なんてすぐにフっ飛んで。
…だけど、頭の隅から消えなかったのはあのガキのこと。








高校生にもなればもう大人と一緒だ、と。
そう言えば『まだまだ子供よ』なんて返って来るから、それには反論せずに。
けど、『大人と一緒』なんてホントに思ってンなら…。

ギシッ…

忍び足できしんだ床板にぴたりとその足が止まるから、一瞬だけ迷った後に上条を起こさないように明かりは点けずに。

「おかえンなさい、不良娘」

びくり、と背中が引きつったのは薄闇の中でも分かって。
たけど、振り返ったガキがどんな顔をしているかまで見えずに。

「…そっちこそ、おかえりなさい。不良保護者」
「『ただいま』も言えずに淋しかったンすよ」
「思ってもない癖に」

一歩二歩と近づけば、ぽたぽたと前髪から滴る水滴とそむけた顔がどんなツラをしてるか目に入って。
『帰ってきた理由』の一つがドンピシャだったコトには、だけど苛立ちしか感じずに。

「…その傷、どーしたんスカ?」

頬の傷は明らかに誰かに殴られた傷で。
ケンカして顔に一発クらうような軟弱な教育はコイツにしてないから、よっぽどの相手にやられたか………あえて殴られて来たのか。

「…転んだだけ」
「そりゃージャストヒットな転び方したもんスね」

言い訳しようとした口は一度開いて、また閉じて。
このガキはあたしの前では泣かないから、ただ冬の雨みたいに色彩の無い瞳であたしを見るから。

「…槙さんには内緒にしておいて」
「それ治るまでアイツに顔見せないつもりっスカ?」

自分の手の平をコイツの頬の傷に当てて。
自分の手だってずいぶん冷たいけどコイツの頬の方が冷たくて。

「あたしが殴ったことにシときます?」
「そんなこと言ったら柊さんが槙さんに殴られるよ」
「愛のある躾ってヤツ。あたしに殴られたからドッカのお子サマは大人しくちゃんと家に帰るようになりました、ってね」

それでもたぶんコイツに手をあげたなんて話になれば大泣きする上条にポコポコ(音のわりにはこいつのパンチは重い)殴られるだろうことは想像が付いて。
(…昔はポコポコやられて『手はテメエの命なんだから殴らないで足を使え!』なんて怒鳴れば気のきいたガキがキッチンからフライパンを持ってきて上条に渡してた)
(『槙さん、はい!これ使って!』じゃねーよ、クソガキ)

「……柊さん」

もう一度その頬を指先でなぞって、殴られただけじゃなくてその頬にえぐれたような傷があるのを見つける。
それをまたなぞれば痛そうに眉を顰めるから。
……何時の間にか自分の指先が熱く、熱くなっているのに気付く。

「…………今の何?」

その傷に唇を押し付けて、ああ、ホント、バカらしい……。

「おやすみのキスっすよ」
「…吐きそうなんですけど」
「ド失礼なコト言ってないで、風邪ひくからさっさとシャワーしちゃってクダさいよ」

引きずって明かりを点けないままガキをバスルームに押し込んで。
ドアを閉めてから点けた明かりの向うでしばらくしてからシャワーを浴び始めたのを確認してから最初にしたのは寝室に行くこと。
無味乾燥した雨の音もコイツの寝息と混ざると何でか鮮やかに色づいて。
口元が歪んだのはたぶん無意識にニヤけたから。
眠る頬にさっきガキにしたみたいな『おやすみのキス』をして。
寝室を出てからしたのは玄関に放り出されたままのアイツの鞄から携帯を出すこと。


……名前と携帯番号が分かれば後はどうにでも出来るから。
上着を羽織って外に出れば暗い空に暗い雨が降り続けていて。
それを見上げながら小さく息を吐き出す。














…冬の夜の雨ってのは誰かに報復しに行く時にはぴったりだ。







































「違うの夕歩!誤解だから!」
「…誤解でも悪いのは誤解されるゆかりだよ」
「珍しく静馬さんと染谷さんが喧嘩してるわね。…って、無道さん?どこに行くの?」

「はい、夕歩」

「「…………」」
「…何で静馬さんにフライパン渡したか聞いてもいいかしら?」
「これ渡したら大抵の喧嘩はおさまってたんで」



「……これで殴っていいってこと?」
「夕歩、さすがにそれは止めて」




END
(14/12/02)

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