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□金の星
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【金の星】




人が家に訪ねて来るからって張り切って掃除なんてしないけど。







元々が綺麗好きだとは(あのガキに『意外』なんて言われたけど)自覚しているし。
今はその失礼な発言をしたガキが部屋中綺麗に磨きあげてくれるから自分で掃除をする必要も感じないくらいで。
だけど…。

「……『今から行っていい?』とは聞かれたけど」
「玲、『いい』って言ったでしょ?」
「言ったけど普通寝室まで押し入ってこねーだろ」

短いメールが来たのはベッドの中で、それに返事を返したのもベッドの中で。
寝起きを見られてまずい相手でも無いけど『鍵が開いてたから』なんて言いながら寝室に入って来てもいい関係でもない。
(あのクソガキ!出掛けるならちゃんと鍵くらいかけて行け)
その訪問に改めて準備をする必要を感じないくらいにはこの隣人とは親しくなってはいると思うけど。

「恋人しか寝室に入れない主義とか?」
「別にんな主義ねーけど」

ベッドから出ようとすればその前にポスンとベッドの上に小さい背中が落ち着いてしまうから。
(小さい尻、とはさすがに言えない)
他人にベッドの中に入られるのは確かに好きじゃない所か極力ご遠慮願いたいのは今言うことでも無く。
それに夕歩は仕方なく入れた他の『他人』とは違って今すぐにシーツをはいで洗濯したい衝動にかられる相手でも無い。
(その度に『もうこんな事はしねーぞ!』と誓うのに)
(…それでもどっかのお盛んな女に比べれば『他人』をベッドに入れる……入れてた回数は祭日並の周期で)

「お前も無防備に他人の寝室に入って来てんなよ、染谷に刺されるだろうが」
「玲がね」
「ああ、あたしが刺される」
「寒いから入れて」
「はぁっ?」

染谷に刺されるの確定で夕歩が隣に入って来るから仕方なく体をずらして。
(あのな、その気は無いのは知ってるしあたしにも無いけど『玲の匂いがする』とか言ってんな、一回刺されるだけじゃすまなくなんだろ)

「んで、何の用だよ」
「玲に相談があって」

大きくあくびをすれば眠たげな瞳が不服そうに訴えてくるから手を振って謝罪して。
あのな、こっちは久しぶりにゆっくり出来る休み…。

「玲、男の人としたことある?」

……ゆっくり出来る休みじゃなくなりそうな予感がすんのは何でなのか。




















「…あえて聞くけど何の話だ?」
「セックスの話」
「お前は出ろ、今すぐあたしのベッドから出ろ」
「何で?」
「『何で?』じゃねーだろ、ベッドの中でセックスの話ってあたし染谷に刺されるだけじゃなくてその後ナイフでえぐられる羽目になる」
「ばれなきゃ大丈夫だよ」
「んな、浮気に誘うみたいな台詞も止めろ」

確かにあたしの好みは肉感的で色気たっぷりなタイプよりも夕歩みたいに小柄で薄い(悪ぃ)タイプが好み………って。
(『薄い』で思い当たる女を一人思い出しちまった…)
もぞもぞ動き出すからベッドから出るのかと思えば深く毛布をかぶり直すから刺される覚悟を決めて。
覚悟を決めた後にこいつがこういう訳の分からないことを言い出す時はブーツの中にナイフを隠し持ってる女(斗南の方じゃなくて)の所為だと思い当たる。

「…何か言われたのかよ?」
「『男の人の方がいい』とか?ゆかりがそんなこと言うと思う?」
「言わねーな、絶対に」
「けどね、私がそう思うの」
「男の方がいい、って?」
「経験無いし、むしろ経験なんてゆかりしか無いし」
「……心の底からその話聞きたくねーんだけど」

何故だか煙草が欲しくなって、だけどここで吸えばそれこそシャレにならない。
浮気はしない主義だし(つか、自分の女以外とヤれねーし)、ソレに楽しみを求めるタイプでも無いけど『じゃあ、遊んだ経験無い?』と聞かれれば返事につまるくらいには思い当たるふしはある。

「男とは無いし、比べられてけなされた経験も無い」
「自分で満足してるかな、って不安になったことない?」
「あー………ねーかな」

自分の満足より相手の満足を優先したい相手なんてあたしの人生で限られてて。
(最低なセックスをした女を思い出したけど、あれは『最低』だったからこそ最良の結果に落ち着いたんだし)
(……もしアレが『最高』だったらズルズルと続いていたかも、なんて今更気付いてちょっとびびった)

「ゆかりは優しいし絶対にそんなこと言わないけど、たまに不安になるの。私ってたぶんそういう技術あんまり無いし、手が小さいから指も短いし」
「聞きたくねーし、そういう話なら紗枝に聞け」

自分で言ってこいつと紗枝がそういう話をしている姿を想像して頭痛がした。
えぐい、えぐすぎる、絶対にあいつは生々しいことを話し出す。
口元につい呆れた笑いが浮かんで、だけど隣で寝てる(だから、おかしいだろ、この状況)ヤツの顔が真剣だからその笑いを消して。

「……あいつは夕歩が心を込めてしてくれるってだけで満足だと思うけど」

感情より快楽が優先することは無いはず。
誰かと比較なんてするまでも無く、傍から見てたってあいつが夕歩にベタ惚れなのは丸分かりで。
夕歩の心配なんて無用以外の何でも無い。

「……そうかな」
「紗枝に聞いたら色々教えてくれそうだけど止めておけ、絶対に変な道具勧められる」
「綾那はそういうの使うの嫌いだ、って言ったけど」
「……どんだけ気の毒なんだ、あの眼鏡」

夕歩に真顔で質問されておろおろしながら、それでも大真面目に答えたであろう眼鏡に心から同情して。
それからあたしがしたのは腕を伸ばして夕歩の体を引き寄せること。

「…どうしたの?」

うげっ、ちっせぇ…、なんてそれ以上の感情は浮かなかったことにこっそり安堵して。

「これだけで満足出来る相手ならそれだけでどんなこともオッケーだと思うけど」

― あたし相手じゃ何も感じないだろ?

そう付け加えて。

「染谷が相手だったらこれだけでも幸せになんだろ?」

頷く夕歩の頭を撫でながら、それでも今の自分が『幸せ』になる為に抱きしめなければならないのは誰なのか。
苦く感じたのはそれが何なのか、それこそ夕歩に相談してもどうしようもないこと。





















「…何かいいテクニックない?」
「………教えて欲しいならとりあえずベッド出て珈琲でも飲みながらにしないか?」





























「…あれ、ゆかり帰ってたんだ」
「夕歩、どこに行ってたの?」
「玲の所」
「そう、それな………………ねぇ、夕歩。何であなた髪の毛乱れてるの?」
「あ…」
「私、ちょっと、神門さんに挨拶しに行って来るわね」
「待って、ゆかり!それは置いて行って!」




END
(15/01/23)

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