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□深夜高速
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【深夜高速】



車の助手席が苦手なのも、深夜の高速道路が苦手なのも今はもう過去のことで。











過去と言うにはべったりと心に張り付いたそれを拭うにはもう少しの時間が必要なのに。
その時間を開ける間もなく人の心に入ってきて人はまた新たに人の心に苦手なものを植え付けそうな人なのに。

― 終電逃しちゃった

お迎えを要請する電話はむしろ望むのはお迎えでは無く部屋についてからの行為なんだろうけど。
借り物の車は持ち主と同じで爽やかでそれでいて甘い香りがして、喫煙したい欲求を唇を舐めて堪える。
酔いがまわったまま無防備に眠る人に自分がされたことをしてみたらどうなるか、一瞬だけ頭を過った悪趣味な思考は唇をゆがめることで誤魔化して。

「…祈さん」

― 付き合ってくれませんか?

一夜限りで終わるのが嫌で、一夜限りでは離れられなくて。
情けなくした懇願は呆れる程にあっさりとこの人に承諾された。

「…普通は付き合ってる間は別の人とは寝ないものですよ」

小さく小さくエンジン音にまぎれるのを見通して呟いた言葉は案の定隣で眠っている人には届かないようで。
女の趣味が最悪なのは、たぶん、自分自身に問題があるからなのか。
抱くことがあの行為があなたを独占することだしとしたら、私はずいぶとマヌケな行為を繰り返してるだけ。
他人の香りがする肌を抱くのも初めてでは無いけれど、それで狂いそうな嫉妬心に苛まれるのも初めてでは無いけれど。
この人からする香りが幼い頃から知っているあの人と同じに感じたのは(肌の匂いではなくてこの人の性質的なもの)たぶんそれを追いかけて苦労している人をこれまた幼い頃から知っているから。
今の私は深い海に溺れて呼吸すら出来ずに、それでもまだ深く深くへと潜っていこうとしているただの自殺志望者でしか無い。
その手を掴んで無理やりにでも一緒に共に深みへとこの人を引きずり込めたら。
追いかけすぎれば逃げられるのも、だからと言って去ればこの人は私なんて追わないことも知っていて。
宙ぶらりんで放置されたまま、だけどその腕にまた何度も抱きしめられたくなるのは…。

「…祈さん」

眠っている手を握って。
だけど、すぐに離してその手のひらに懇願のキスすら出来ずに。
部屋に帰れば私はまた求められるままにこの人の肌に触れて、求めるままに私はそれをむさぼるであろうことも。
体を重ねる度にその度に遠くなっていくあなたから私は離れられずに。
どんなに近くいても素肌同士で触れ合っていても感じるのは『孤独』ばかりで、追いかけても追いかけても追いつけずに。
むしろ、その距離は遠くなるばかり。
飼い殺しにされるまま、それでもその代償は貰えないまま。
今度こそ壊されるかも知れないのに。




「……あなたは最低の彼女ですよ」



















どうせ壊されるのなら、その相手はあなたがいい、と。
そう口にすら出来ないまま、ただただ深夜の道路を走り抜けるしか私には出来ない。
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