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□First Time(reprise)
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【First Time(reprise)】




「お姉さんは、知ってますよね、もちろん」

何時でも、姉に絡む祈さんはロクな事にならないけれど。

「無道さんの初体験」

……いい加減それを知りたがるのを諦めて欲しい。







「はァ?」
「可愛いばかりの無道さんの初体験ですよ、中学生だったぴちぴちピーチな無道さんに手を出したロクでも無い女の情報は斗南さんなら把握してるはず」

どっから来た、そのピーチ。
…て、それは置いておいて。

「ガキの青くせー体験談聞きたいンすか、アンタ」
「斗南さんが語ってくれるならそれでも」
「あ、でも、ほら、そういうのって記念日的に記憶してるものよね」

キラキラした顔で言う槙さんは確かにそれを覚えていて、そしてその記念日を宝物みたいに大事に大事にしているんだろうと言う事は見当がついて。
だけど、その言葉に『うんうん』頷いたのは夕歩だけ……って、どういう事だ?
(神門さんは嫌そうに顔を顰めて、ゆかりに至っては記憶を呼び起こすみたいに唇に手を当てて考え込み始めてしまった)

「初体験の相手とずっと一緒に居られる私は幸せ者だと思うの」

「「「「……………………」」」」

さっきと同じように同調して頷く夕歩と、それとは反対に約4名を沈黙させてしまった槙さんに苦笑しながら。
(眉間に皺を寄せてうんざりした瞳は見慣れてるけど、こっそり口元笑っちゃってるって柊さん)

「…だけど、少し悔しいかも」
「あ?何が?」
「悔しくない?自分の好きな人が他の人と、って。玲だって何で初めての人と添い遂げようと思わなかったの?」

「「…………」」

今度沈黙したのは神門さんともう一人。
自分の恋人の笑顔のポーカーフェイスに微妙にひびが入るから、無邪気な質問でこの人を追いつめる夕歩に許してあげての意味で手を振って。

「夕歩は悔しいだろうけど、ゆかりは後悔して後悔して後悔してると思うけど」
「そ、そうよ、そんなの何てもう忘れたし、私の記憶の全てはもう夕歩で上書きされるてわ」
「フォルダ別に分けて保存させれてンじゃないんスカー?」

からかう姉にゆかりがビールの瓶を投げつけるから(中身入ってる!)慌てて止めて。
(結局、ビールは柊さんじゃなく槙さんがかぶった)

「あたしの相手はとんでもないヤツだったんだよ」
「でも、神門さんその記念日覚えていたりするんじゃない?」

…知らない、って怖い。
むしろ、槙さんは直接説明もされていないのに空気だけで神門さんと祈さんが昔どうこう…なんて事を把握できるようなフレッシュエアの人じゃない。
(恋人の私はともかく、なぜあなたが知ってるんですか、柊さん。なんてこの人に隠しごとなんて出来るはずもない)

「あー………」
「…ゆかり、私との日にち覚えてる?」
「もちろん、3月21日でしょう」
「3月20日だよ」
「違うわよ、寝たのは日付変わってからだから21日でいいの」
「…合格」

言い淀む神門さんの後ろでイチャつく夕歩とゆかりは何時もの事で。
(と、言うか日付をちゃんと覚えてるこの二人凄いな)
(…まあ、私だって祈さんとのは記憶してるけど)

「…1月2「あ、玲、ほら、そろそろ順ちゃん帰ってくるんじゃないの?」

分かりやすい邪魔を入れたのはもちろん私の恋人で。
珍しく慌てた様子の彼女に話が読めない夕歩、ゆかり、槙さんは首をかしげるけど。
1月2……って、そこから何かを推測するのは簡単すぎて。

「ああ…、なるほど」
「神門の初体験は1月29日なンすね」
「何で柊さんが祈さんの誕生日知ってるんですか」
「身元調査の基本っしョー」
「あなた、祈さんの身元調査なんてしたんですか?」
「報告書読むか?」
「……いえ、何か予想が付くんでいいです」

『oops』って顔の祈さんに呆れて、それからこちらはもっと深刻に『しまった』って顔の神門さんには笑って。

「偶然ですね、二人の初体験が同じ日なんて」

それでも、つい出た嫌みくらいは許して欲しい。















「あたしと紗枝が同じ日だ、なんて言ってねーだろ」
「そうよ、日付越えてるか越えてないかで日にちがずれてるかも知れないじゃない」
「そう言う問題じゃねーだろ、てめえは。こっちがお前の可愛そうな恋人に気を使って言ってやってんのに」
「だったら、最初から日にちを言わないって選択肢は無かったのかしら、玲には」
「ほ、ほら二人とも喧嘩しないで」

二人の言い争いを止める善人は槙さんくらいで。
(夕歩とゆかりは自分達の世界に入ってしまってるし)
(…すいませーん、続きは自分達の部屋でやってください)

― はぁ…

深く深くため息を付けば慰めるように叩かれる背中がなんだか余計にみじめで。
(柊さんが優しいとなんだか裏がある気がする)

「まあ…、はい、妬きますけど」
「無道さん、ひどーい。何でそんなにどうでも良さそうなの?」
「今さらですし」

諦めと慣れと妥協は良く似ていて。
その全ての理由を『好きだから』にしてしまうのは、確かに良くない気もするけれど。


「無道さん怒ってる時、凄いから期待してたのに」
「そんな事ですか」
「たまには言わせるんじゃなくて『もう、無理』って言わされる側になりたいの」

偉そうにこの人を語るにはまだまだ修行不足だけれど。

(「え?え?祈さんと神門さんってそういう関係だったの?」)
(「テメエは全く気づいて無かったンすか」)
(「だって、そんなこと考えもしないし。それに無道さんの中学時代の初体験ってどういう事?斗南さん知ってたの?」)
(「あー……、ヤベ…」)

偉そうにこの人を語るにはまだまだ修行不足だけれど。
(今回の言い争いは柊さんが劣勢と見た。だいたい、槙さんが本気で怒れば柊さんは全く敵わないし)

笑いながらわざと傷つけるような事をして突き放して、今までずっとそうだったんだろう、って。
(全く傷つかない訳じゃないけれど)
深い付き合いが苦手でそれからそうやって逃げて来たんだろう、って。
恐らく初体験が同じ日にちの幼馴染からも。
だから…
(傷つかない訳じゃない、だけど笑ってるこの人の方が)


「じゃあ。頑張って『もう、無理』って言わせますから」


私は逃がしませんよ、なんて意思表明は何度でもしつこいくらいにするべきだと思っている。








諦めと慣れと妥協は良く似ていて。
その全ての理由を『好きだから』にしてしまうのは、確かに良くない気もするけれど。



まあ、だけど。
結局は『好きだから』その全てを許してしまいたくなる。












何度でも何回でも私を試して、それであなたが安心するなら。














「…結局、あたしはダシに使われただけかよ」
「私には無道さんの事を知る権利は無いってそういうことなの?」
「だーかーら、ンなこと言ってねーでしょうが。あたしだって直接あのガキに聞いたわけじゃネーし」
「夫婦って情報を分かち合うものじゃないの。それじゃ、立派な子育てなんて出来ないと思うの」
「とりあえず、綾那はちゃんと育ってはいると思いますよ。先輩」
「うん、ちょっと趣味がアレだけど」
「あー、だな。とにかく忍耐強さだけは格段だと思うぞ」
「無道さんの性癖が歪んだのが私のせいだったりしたら…」
「テメエの何であいつの性癖ユガむって言うんスカ」
「じゃあ、斗南さんの所為?」
「だけど、アレは綾那の生れついての性癖かも知れないし…」
「犯罪に走ってないだけ綾那はまだいいと思いますよ、あんな相手でも」



「自業自得だけど、ひどい言われようだな、紗枝…」








END
(15/04/25)

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