B

□Rather Be
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【Rather Be】



そう言われれば、まだこの子は学生だった、と。





リビングの床、ラップトップの前にあぐらかいて座り込んで真剣な横顔に首をかしげたまましばらく魅入って、ふと思い出したのは最初の一文。

「…無道さん、まだ大学生だったわね」
「祈さんの中で私はいつ卒業したんですか」

何時も以上に素っ気ない言葉は顎に触れているのと反対の手に持った資料と思われる紙束を読みながら答えたからで。
自分の学生時代を思い出してみて、それが世の中では一昔とくくられる程に過去のことに少しだけショックを受けたのは目の前にいる人の顎のラインの柔らかさやすべらかな頬のせいで。
前屈みになっていると薄いTシャツに肩甲骨の形がくっきり浮き出て美味しそう、とか。
安いシャツのザラザラした感触が気持ちよく感じるようになったのは若い恋人のせいだ、とか。

「だって無道さんがお勉強してる姿って久しぶりに見るわ」
「あなたが言うと急にいやらしく感じますね。『お勉強』って」
「うぅん、お姉さんが色々教えてあげる」
「講義なら毎晩受けてますけど」

律儀に返される返事はだけど、どこか上の空で。
視線はラップトップの画面に向かったまま、片手がまだ顎に触れているのは考え事をしている時の無道さんの癖なのか。
(こういう時の癖ってまだ把握出来ていない)
(ベッドマナーについての癖なら熟知しているのだけど)

話しかけるのを止めれば本格的に真面目な顔になるから、話しかけるのを躊躇って。
だけど、フローリングに直に座っている(可愛い)お尻が痛そうだからとクッションをお尻の下にいれてあげれば唇と瞳の端だけで笑うから。

「無道さん、真面目な顔が可愛い」

からかいを含む愛の言葉に眉だけを器用にあげてこっちを見ないまま、私の方を見ないまま。
邪魔しないでください、なんて無道さんは面と向かっては言わないけれど。
『お勉強』の邪魔をすれば怒られるかも、なんて私らしくない心配はすぐに打ち消して。

「…祈さん」
「なーに?」
「後、一時間待てませんか?」

薄いシャツの下、骨ばった肩にザラザラの生地の上から噛みついて。
どうせなら、なんて何が『どうせ』なのかも自分でも分からないけれど浮き出た肩甲骨にも歯を立てて困ったような質問には答えずに。

「無道さん、真面目な顔も可愛い」
「……待てないんですね」

返事の代りに背中に覆いかぶさって耳元で笑えば諦めたように両手が挙がって、
その手が髪を撫でるみたいに頭に触れた後、下に下におりてくるから…。

「えいっ」
「『えいっ』じゃないですよ」

背中に掴まったまま、立ち上がる無道さんの背中にタイミング良く飛び乗って。
支えてくれるだろうと言う予想は当たり前のように的中する。

「ゴー!無道さん、ゴー!」
「おぶってベッドルームに行くって、色気があるのか無いのかよく分かりませんね」
「そうね、キスしにくいわね」
「それはおろした後にするからいいですけど」
「『お勉強』の邪魔したから怒ってるの?」

無道さんの両手が私の体を支えるために太ももに触れて。
その触れる手にいやらしさが無いことが不服で腰に回した足に力を入れれば苦しそうに呼気を吐き出して。
すべらかな頬にキスをして、それから瞳を窺えば横目で見つめ返してきて今だけは子供らしくない顔で笑うから。

「まあ、少しは怒ってます」

ぽん、と。
普段に無い乱暴さで私をベッドに放り投げたのはただのポーズで。
『怒ってます』を示すように荒っぽいキスをしようとして、それでも唇が触れ合ってしまえばくれるのは何時ものように柔らかくて甘いキス。

「…お詫びにお姉さんが色々と教えてあげるから」
「まだ何か祈さんから教わって無いことがありますか?」
「それはもうたくさん」
「………本当っぽい所が怖いですよね」

ため息をつきながら横目で時計を確認しているから、その顎をつかんで私の方を向かせて。
時間を気にする暇なんてすぐに無くなる……、ってそれが分かっているからこそ今、時間を確認したのだろうけど。

「終わったら手伝ってあげる」
「……お気持ちだけいただいておきます」











フローリングの床にあぐらをかいて座り込んで。
Tシャツは私が奪ったから無道さんが身につけてるのは今度はタンクトップだけで。

「クッションならありますよ」

私が両手で抱えたクッションを横目で見て、それからニヤけるみたいに唇が歪んだのは私がすることの見当が付いたからか。
あぐらをかく無道さんの隣に座って、それから少しだけ無道さんの太ももを引っ張る。

「……だから、シャツ置いて来たでしょう」
「うん、だけど本体の方がいいの」

クッションを下に敷いて無道さんの太ももを枕にすれば、開いた手で髪を撫でてくれるから目を閉じて。

「無道さんのために今度、勉強部屋作ってあげましょうか?」
「だから、祈さんが言うと何でそういやらしいのか…」

何時もの冗談だと笑う人の顔を下から見上げたまま、何時そうなるのかは分からないけれど、だけど。

「これから、何時は作ってあげるつもりよ」
「その頃には勉強部屋は必要無くなっているかも知れませんよ」
「いいの、それでも」

シャツの襟口を引っ張ってザラザラする生地に顔をうずめればすぐ隣に居る人と同じ香りがして。

「いいの、それでも」
「…何で同じこと二回も言ったんですか?」
「私達、将来の話なんてして建設的!て感動してるの」
「それならもう少しだけ近い将来を見て私が留年しないように協力してください」
「わー、そうなったら無道さん、上条さんに泣かれて斗南さんに殴られるわね」
「祈さんはどうするんですか」
「私?貧乏学生さんにまだまだ色々といけないことを教えて楽しむから大丈夫よ」
「…何でシャツに顔うずめてるんですか」
「後、柔らかい生地のシャツを買ってあげる」
「それが好きなんです」
「知ってる。だから、私もこれ好き」

シャツを抱きしめるために自分自身の体に腕を回して、心地よい枕に頬を預ける。

「…将来的にも勉強部屋はいりませんよ」
「何で?」

また顎に手をあてて。
だけど、今のそれは考え事をしているからでは無くて、ニヤけた口元を隠すためのもの。

「どうせ、誰かさんは追いかけて来てこうやって邪魔するんでしょうし」

一瞬だけ返答が遅れたのは、起き上って掌で押さえられた顎に唇を押し付けていたから。
遠くも近くも無い将来に想いを馳せて、どうなるか何て予想出来ないけれど。


「…して欲しい癖に」





これから先も、あなたのお望みくらいならいくらでも叶えてあげようとは思ってるのよ?





















「そのいじめられて喜ぶみたいに言うの止めてください」
「いじめられるの嫌いじゃない癖にー」
「相手があなた限定なら、ですよ」





END
(15/06/27)

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