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□冬の幸せ
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【冬の幸せ】




「おはようございます」

上から降って来た声には全く寝ぼけた色が無くて。
普段ならまだベッドの中に一緒にいて私の爪先を温めてくれている人は私が買ってあげたシャツをきっちりと着てベッドの外に立っている。

「…おはよう」

少しだけ寝ぼけて返事を返して、だけど鼻に届いたのは甘い甘い香り。
深く息を吐いてそれから体を起こして、無道さんの手に持たれたベッドトレイとその上に乗っている朝食に眼を止める。

「……家にそれあったかしら?」
「第一声がそれですか?」

小さく苦笑してトレイを私の前に置きながら額にキスをして。
カップを差しだすから受け取ればその中には甘い香りの原因が入っている。

「どうしたの?」

受け取って一口飲んでみれば熱くて。
『大丈夫ですか?』なんて問う恋人に何も言わずにカップを返せば息を吹きかけて冷ましてくれる。
(本当に甘い)
(甘いのは熱いホットチョコじゃなくて)

「トレイはゆかり達に借りました。あと、それも夕歩のおすすめです、美味しいですか?」

『どうしたの?』と言う質問に答えてはいるけれど、答えにはなっていない。
………あ。
ちょうど良いくらいに冷ましてもらったホットチョコを一口飲んで、それから頭もとに………あれ?無い?…。

「はい、どうぞ」

私が手さぐりで探って見つけられなかった携帯電話をあっさりと見つけて渡してくれるから、それで日付を確認する。

「あぁ…」
「忘れてたんでしょうけど」

そうだった、今日は…。

「祈さん、誕生日ですよ」










「寒いからベッドから出ないで済むようにと思って」

淡々とそう言って淡々とカットしたフルーツやらまだ温かいクロワッサンを私の口に運んでくれるから咀嚼して飲み込んで。
何?このサービス?とか、映画みたい、とか、このクロワッサンどうしたの?とか言いたいことは色々あるけれど。
(最後の質問には「さっきあなたが寝ている間に買いに行ってきました」なんて返事)

「……よく覚えてたわね」

私はまだパジャマで寝ぐせだらけで、それと反対に無道さんはシャツだってきっりアイロンがかかっていて髪だって寝起きの時よりは落ち着いてる。

「いい肉の日で覚えました」
「1が一つ多いし、主にどこの肉がいいのかしら?」
「むね肉ですかね」
「私、鶏肉みたいね」

何時の間にこんな事がソツ無く出来るようになったんだろう、この子。
なんて、湧き上がるのはそんな考えばかりで。
一つ年をとった、ってそんな事にはあまり興味を持てない。
(まあね、この子の成長は私の教育の賜物なんでしょうけど)
(色んな意味で)

「きっと忘れてるだろうから、朝の内にお祝いしておかないと祈さん夜は日付越えてから帰って来そうですし」
「………」

よく分かってる、とか。
よく分かってきた、とか。
私の扱いが上手くなってきた、とか。
…何時の間にこんなに私を理解出来るようになったのか、なんて。
自分の誕生日なのに成長を感じるのは恋人にばかり。

「無道さん」
「はい」
「ホットチョコ、味見する?」
「仕事、遅刻しますよ」

ほら、ね。
たった一言で私の意図を理解して、それをやんわりと押しとどめて。
それから本当に味見するために私からカップを受け取ってホットチョコを一口すすって。
(「甘っ…」と笑う顔はまだ子供みたいなのに)





どうしようかな、なんて。
どうしよう、なんて。
甘えれば甘えるだけ甘やかしてくれる年下の恋人は楽しくて。
可愛くて楽しい年下の恋人に甘えるのは思いがけず幸せすぎて。
『どうしよう』に未だ含まれている臆病な私の逃走本能にもこの恋人は気付いていて、それでもこうやって甘やかす。

「…無道さんのチョコがけなんて楽しそうじゃない?」
「シーツ汚すからバスルームでいいですか」
「シーツくらい私がいくらでも買ってあげるわ」
「そういう問題じゃなくてですね」
「むね肉のチョコがけ、ってなんだかあんまり美味しくなさそうね」
「ホットチョコにならマシュマロかな、とは思いますけど」
「ん、無道さん、私のそこをマシュマロに例えるなんてえっちぃー」
「唐揚げ揚げそうな物に例えられるよりいいでしょう」

話しながらもそれでもゆっくりと無道さんの手は休まずに私の口に朝食を運ぶから。
(介護みたいね、なんて。私達の年の差だとちょっとシャレにならない気がして口にはしなかったけれど)
全て食べ終えて残ったのはカップに半分、ぬるくなってしまったホットチョコだけ。
今日は殊更に寒い気がする、なんて部屋には暖房だってきいているのに。



甘えて、甘えて、甘えて、甘やかされて。
上辺だけだったそれが何時の間にか本当になっていて。
後腐れが無いように付き合いは表面だけで、その時だけ楽しめばいいって、そんなの今さらに……。







辛くなった。












「…無道さん」
「はい」

私があげたこのシャツだけは何時もきっちりとアイロンをかけて着てくれるのは無道さんなりの示し方で。
その皺が無いシャツの胸元を掴んで俯いて。

「……今日、お仕事お休みしていい?」

本当の『甘え方』なんて私は知らないから。
誕生日に誰かと一緒に過ごしたい、なんてそんな風に考えるようになってしまった責任をちゃんととってよね。


「あなたの誕生日ですから…」

額にするキスが様になっているのだって、私の教育の賜物だから。
俯いていた顔を上げれば私に笑いかけてくるから、年下の癖に、なんて今さらすぎる言葉を不意に言いたくなったのはなんだか負け惜しみで。

「あなたの好きにしてください」

年を一つとるだけ、ってその日を特別に感じるようになったのはあなたの所為で。
必死でシャツを握って逃げられないように、必死で抱きついて離れないように。
その首筋に顔を埋めて匂いをかいで、強く強くしがみついて。
依存しすぎている、と恐怖で強張る心もたった一回のキスでほぐしてくれるから、やっぱりなんだか少しだけ悔しくて。


……それ以上に幸福すぎて息すら止まりそうになる。






それでも、それなら。
欲しいものは貰えるものは全てあなたから奪っておこう。

…なんて、奪わなくても全てをあなたはくれるだろうけど。














「…プレゼントは無いの?」
「ありますよ、後で渡します」
「シャツ脱いだらさすがに寒くない?無道さん」
「お気に入りのシャツを汚されるのは嫌なんで」

ひょい、と人の手からまたホットチョコのカップを奪って。
それから一瞬考えた後にカップを持ったまま私の体も抱え上げる。

「やっぱり、バスルームでいいですか?」
「朝から元気ね」
「あ、先に会社に休みの連絡入れますか?」
「んー、後でいい。食後の運動が先」
「いいけど、たぶん長くなりますよ」
「無道さんのマシュマロチョコがけ、って凄そう」
「え?祈さんがチョコがけになるんじゃ」
「そう言えば『おめでとう』言ってもらって無いわ」
「お誕生日おめでとうございます」
「あと『愛してる』って」
「愛してます」
「…私も、愛してるわ」
「…………………………………………………はいっ?」
「無道さん、寒いー。早く運んで」
「は?え?いや、へ?あ、いや、今、祈さん、初めて『愛してる』って…」
「あ、手が滑っちゃった」
「………やっぱり、シャツ脱いでおいて正解でしたね」
「私が綺麗にしてあげるから」
「胸元がベトベトします…」




























「…もう、一回言ってもらってもいいですか?」
「また来年ね」
「はい…」


END
(16/01/29)

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