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□Love Song(reprise)
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【Love Song(reprise)】
あの人を待つときに聴くのはなぜか何時もSara BareillesのLove Song。
仕事終わりのあの人を待ちながら、耳元で響く掠れたセクシーな声が脳に染み込んでいく感触に目を閉じたまま深く深く吸い込んだ煙を吐き出す。
相手を待っている間に足元を吸殻だらけにするほど、だらしないスモーカーじゃないから。
だけど、携帯灰皿の中は吸殻でいっぱいで。
目を開いて、どうにか苦労して吸殻を携帯灰皿に押し込んだ後に時間を確認する。
ついでに携帯も確認して、待ち合わせの時間を一時間過ぎても何の連絡も入っていないのを確認する。
一時間ならまだ許容範囲内。
ゆかりや夕歩に話せば自分から連絡しない理由を聞かれるから曖昧に誤魔化して。
― 待ち合わせなんて今日してた?
なんて言われれば傷つくから。
あの人の名誉のために言っておくが、あの人が私との待ち合わせを忘れた事もすっぽかされた事も無い。
ただ臆病な子供の部分が置き去りを怖がってるだけで。
耳元で響く曲は何回目かも分からない主張を繰り返してる。
― 貴方のためにラブソングなんて私は書かないわよ
なぜかあの人を連想させる曲に歌詞に、同じように人待ちの人達に気付かれないように唇のはしだけで笑って。
― この曲を聴くと貴方を思うんです
そう言えばきっと少しだけ不服だって(それがわざとなのは知ってる)顔をして、
― 別れの曲じゃないの?
なんて言うんだろうな。
もう一度煙草に火をつけようか、そう考えてふった煙草の箱は空で。
どうやら、さっきの1本が最後だったみたいだ。
諦めのため息を吐いて、それでも買いに行こうと言う気にならないのは自分がいない間にあの人がここにたどり着くのが嫌だから。
なぜか不思議にあの人は待ち合わせに遅れる時でも連絡してくることは少ない。
純粋に忙しくて出来ない時もあるのは知っているけど、だけどメール1本も出来ない事は無いとは思う。
偶には外で夕食を一緒に食べよう、なんてあの人が言うから私の胃は空っぽで。
早く何か入れろ、と訴えるそれを撫でて宥める。
また繰り返されるピアノのイントロから続く歌詞を頭の中だけで口ずさんでみて。
私を捕まえておくのは大変よ、なんてあの人の声で変換してみる。
ええ、大変ですよ。
もう毎日毎日、色んな意味で心も体も疲労しきってますから。
自由で気ままで人の言いなりになんか絶対にならない恋人は確かに疲れる相手で。
むしろ、だから、そういう所が…。
ずいぶん暗くなって、同じように人を待っていた周囲の人間の顔ぶれが何回目かの総入れ替えをした頃。
視界の隅に入ったそれは見間違いかと思って……そして、それが見間違いないじゃないと認識した途端に慌てて立ち上がる。
はめっぱなしだったヘッドフォンを外して首元にかけながら、軽く駆け出してしまったのは向うが凄い勢いで走ってきたから。
………スーツの美人が全力で走ってきてたらそれは誰だって注目する。
「ちょっ!祈さん?」
駆け寄って来るそのままの勢いで腕の中に飛び込んできそうだったから慌てて避けて、勢いの付いたままの祈さんの体を片腕を掴んで捕まえる。
「…普通そこは…抱きしめて…受け止めてくれる……所じゃ……ない?」
「どこの外国映画ですか、それ」
言葉が途切れるのは荒くなった呼吸を整えている所為。
乱れた息と首筋の汗と疲れた顔に待たされていた事に対する不服を言う気にもならなくて。
(最初から言う気も無いけど)
「無道さんが待ってるから、って慌てて走って来たのに…」
「連絡くれれば走ってこなくても待ちますよ」
連絡が無くても一晩中でも貴方のためになら待ちますよ。
なんて馬鹿くさすぎて、さすがに口にはしない。
だけど、こんな風に貴方は現れるから、私は何時まででも待ち続けたくなる。
― ああ、やっぱり待っててくれた
そう笑う顔がたまらなく好きだから、何時間でも待ちますよ。
私がいなかった時に貴方ががっかりするなら、ただひたすらに貴方の事を待ちますよ。
ラブソングすら、与えてはくれない人でもね。
「…無道さん、その曲好きよね」
やっと整った呼吸で首にさげたヘッドフォンからなる音にそう言うから、曲を止めて。
待ち合わせの時間はずいぶん前に過ぎてしまったから、この先の予定をこの人がどうするつもりなのか尋ねようとして止めて口にしたのは別の事。
「祈さんはラブソングなんて書くような人じゃないでしょ?」
頼まれても必要とされても、それこそ私が泣いて頼んでもその気にならないなら絶対に書かないでしょう?
「ラブソング?無道さんに?」
汗で張り付いた髪を指先ですくって、さて、これからどうするか。
今度こそ尋ねようとしてそれでも不意打ちで祈さんが笑うから、(いや、微笑むって言うのかこう言うの)さっきの私を見つけた時と同じ顔で笑うから。
「そんなもの無くても無道さん、私を愛してるでしょう」
さも、当然と言うように言い放ってくれるから……ああ、そうですよ、なんて芸の無い返事しか私は返せなくなる。
― 貴方のためにラブソングなんて私は書かないわよ
…知ってますよ、だって貴方はそれが必要だなんて少しも思ってないんだから。
「……人を散々待たせておいてその自信にはさすがに呆れますよ」
「んー、だから今日はおねえさんが何でも好きなもの奢ってあげるから」
自由で気ままで人の言いなりになんか絶対にならない恋人は疲れる相手で。
だけど、だから、私はそういう所に惹かれてる。
振り回されるのが幸せなんだから、この人から離れられるはずも無い。
「…夕食、何でもいいですか?」
「もちろん。お腹すいたでしょ?たくさん食べて」
「じゃあ、ハンバーガーで」
「えー、折角好きなもの食べてって言ってるに、そんなものでいいの?」
不服そうに首を傾げるから一緒に同じ角度に首を傾げてみて、笑う顔に今日は素直に笑い返してみる。
「テイクアウトして、一秒でも早く部屋に帰りたいんですよ」
ラブソングなんていらないから、もっともっと他のものをくださいよ。
「………だめ、却下」
『何でも』と言った癖にそう言って人の手を握ると歩き出すからそれに従って。
その背中を見つめながら頭の中ではまだ同じ曲。
― 貴方がなんと言おうとも例え私を置いていこうともラブソングなんて書かないわよ
祈さんが遅れる時に連絡したがらない理由は何となくだけど知ってます。
私は置き去りにされるのが怖いけど、貴方は置き去りにするのが怖いんでしょ?
…そのまま逃げ出してしまいたいなら、そうしていいですよ。
ただ、私は、待ち続けるだけですから。
「…テイクアウトよりルームサービスの方が早いわよ」
…置き去りにしたくない、ってそう思ってくれてるのはわかってますから。
これでラブソングまで貰ったら、私は崩壊しますよ。
Sara BareillesのLove Songを聴きながら、欲しいのはそれじゃない、と。
「結局……」
「ん、なに?」
「祈さんとまともに外食ってした事ないですね……」
「誰かさんが何時も何時も食事より別のことを優先したがるから」
「私だけじゃないですよね、それ」
END
(13/07/24)