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□Paradise by the dashboard light
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【Paradise by the dashboard light】




携帯に表示された名前を見てすぐに電話に出たのは自分でも珍しい事だったけど。

「あ、綾那ぁ!助けてー」

聞こえてきた声はこれまたあいつにしては珍しい泣き出しそうな声。












「………何事かと思えば」

― 今すぐ夕歩の部屋に来て!

なんて叫ぶから慌ててベランダから(いや、玄関より早いから緊急ならこっちかと思って)夕歩の部屋に飛びこんで……このセリフとなった訳だが。

「『助けて』どころか、あんたにとってはおいしい状況なんじゃないの?」

リビングにいないから他の部屋も探して二人を見つけたのは寝室。
ベッドの上で夕歩にしっかりと後ろから抱きすくめられた状況の順に言ってみて、だけどこれを見つけたのがゆかりだったら確かに順の命は無いな、と思い直す。

「違うんだって!いや、おいしいよ!夕歩いい匂いするし、髪とかほっぺたとか手とかむちゃくちゃ柔らかいし」
「じゃあ、そのままゆかりが帰って来るまでそうしてろ」
「それ死亡宣告!あたし染谷さんに殺される!!」
「……綾那?」

それまで黙っていたもう一人の当事者がこっちに向ける瞳にやっぱりと納得して……それから諦めまぎれのため息をひとつ。

「あんた、どんだけ夕歩に飲ませた?」
「違うんだって、あたしが来た時点で夕歩もう出来上がってたの!」




実は夕歩と二人で食事をすることは多くて(ゆかりや祈さんにはあえて喋らないけど)、軽くアルコールを飲むこともある。
軽くなら問題ないそれが、ある一線を越えるとこうなるのは私だって目の当たりにするのは二回目。

「染谷さんに連絡してこんなの見つかったら殺されそうだし、夕歩ほったらかしに出来ないし、て言うか夕歩離してくれなくてあんたに電話すんのが精一杯だし」
「…あやなー」

その出来上がってる本人が片腕で順をホールドしたままこっちに反対の腕を伸ばすから。
今すぐ部屋を飛び出して見なかったことにしようか…、と考えてると不意に膝を掴まれる。

「あんたも道連れ!」
「なっ!」

ベッドに引き倒された瞬間、夕歩に倒れ掛からないように順に肘をついて体勢を変えたのは我ながら褒めるべき運動神経。
…腹に肘うちくらって悶えてるガキもいるけど。

「あーやーな」
「……夕歩」

左手で順のシャツをしっかり握ったまま夕歩が振り返るから、覚悟を決めて。

「…綾那はお利口さんだもんねー」

くしゃくしゃと髪の毛をかき回す手と頬をなでる鼻筋に出そうになった変な声(性的な声ではない)を慌てて飲み込む。
満足そうな笑みが近くて近くて夕歩の呼吸が頬や喉や唇にあたる度に変な息(すまん!性的なものをやはり含む!)が漏れそうになる。

「………あたし、ゴールデンレトリバーだって」
「ああ…、私はハスキーだった」
「よーしよしよし、いい子いい子」
「「…………………」」




好きなのに動物に触れられないストレスがこういう形になって現れるんじゃないだろうか、と推測はしている。
ゆかりに聞けばもう少し納得出来る意見を聞けるかも知れないけど、さすがに怖くてこの事件の事をゆかりに話すことは出来なかった。
……まあ、実害は無いと言えば無いんだ。
ただ、動物を撫でるみたいに全身を撫でられまくる以外は。

「……綾那」
「…何だ?」
「染谷さんはきっとハウンド系だよね、猟犬っぽい」
「ゆかりは犬と言うより狼とかそっちじゃないのか」
「それ言ったらあんただって虎っぽい」
「大丈夫だ、あんたは変態ぽい」
「綾那さん」
「だから、何だ」
「3ぴてこんな感じ?」
「あんた、この状況じゃなければ殴り倒してるぞ」

しばらく、しばらく、しばらく人の体を撫で回してくれた後(直に腹に触れられたり、太ももや尻を撫でられる度に発狂するかと思った)やっと落ち着いたのか私の腹を枕にして眠ってしまった夕歩の顔を頭を起こして見つめて。
その腕にしっかり捕まってるガキの顔をついでに睨みつける。

「あ、した事ないんだ?」
「あんたは一体、どんな目で私を見てんだ。あるか、んなもん」
「危うく初体験が3ぴになる所でしたよ、あたし」
「止めろ、気色悪い、止めろ」
「いやー、ヤバいよ、あれ。あんな至近距離であんな可愛い顔であれだけ全身なめ回すみたいに撫でられるとムラムラくるね」
「アホか」

もう一度、眠ってる顔を見つめて。
確かにこれは相手を選ばなければ誘ってると思われても仕方ない。
壁の時計を確認してみても、ゆかりが帰ってくる時間は不定期だから後どのくらいでタイムリミットなのか検討も付かない。
検討も付かないが、前回は確か夕歩が復活するまでにで2〜3時間経過した。
それまでにゆかりが帰ってこない事だけを心から願う!
そっ、と体を起こしてみて夕歩の頭を持ち上げて逃走を試みるけど寝ぼけた夕歩に今度はジーンズのベルトを捕まれて逃亡に失敗する。
いや、起こせばいいと思うだろ。
違うんだ、起こしたらまたあの生殺し(性的な意味じゃない……はず)状態に逆戻り。
突き放せばいい?
……突き放した時のあの悲しそうな顔と瞳いっぱいの涙がもたらす罪悪感はもの凄いんだからな。

「……夕歩のほっぺた柔らかい」
「触んな、ゆかりに通報するぞ」
「夕歩って手の平も柔らかいんだよね」
「知ってる」
「無道さん、夕歩としてないよね?」
「は?」

軽く軽く聞くから何の話か分からず聞き返して。

「綾那、夕歩好みなんでしょ?」
「…何の話だ、それは」

それがチラリとでも、ほんのカケラでもあの人の耳に入ろうものなら………想像しただけで恐ろしい。
そんなはめにはなりたくない!
だいたい、夕歩が好みだなんて口に出した事も……

「綾那んとこのおねーさんがあんたの元カノと夕歩が似てるって」
「はぁっ!!??」

思わずガバッと体を起こしてしまって、起きてぐずりだした夕歩を慌てて宥める。
(「よしよし」とか言われながらまた首筋を撫でられた…)

「そ、それ、なんで、んな、いや、まさか」
「あー、綾那さん落ち着いて落ち着いて。大丈夫、それ聞いたのあたしと夕歩だけだから」
「な、なんでそんな話に……」
「夕歩といる時に祈さん家の玄関の前でおねーさんに偶然会って。そん時に『ア?あいつ昔のオンナの隣に住んでんの?』とか言ってたから」
「昔の女って、待て。いつ私があの人に紹介をした!なんで知ってんだ、あの人!」
「夕歩が不思議そうな顔してたから違うって気付いたみたいだけど」
「何で知ってんだよ…………」
「とりあえず、似てたのは否定しないんすね、無道さん。修羅場だね、それ。ハウンドドックに追いかけられまくるね」
「猟銃じゃなくてショットガン持った猟師と一緒にな」
「んー、それだと夕歩は赤ずきんちゃんだね。似合いそー」

噴出す冷や汗を手の甲で拭って、客観的に見ればまあ……昔の恋人に似てるかも知れない人がまだ目覚めないのを確認する。
いや、今は関係無いし夕歩は全く……関係ないから。

「……夕歩の動物アレルギーって治らないのかな」
「話そらしてないで現実と向き合ってよ、無道さん」
「お前が喋らなければ全て問題なしなんだよ」
「あたしも夕歩もわざわざ言いませんって」
「言ったら殺……」

『殺す』とそう言いかけた途中、バタン、とドアの閉まる音が聞こえた。

「「っ!!!」」

続けて聞こえた夕歩を呼ぶ声に順と二人してベッドの上に飛び上がる。

「やばッ!綾那、やばいってこの状況!どう見ても3ぴ終わった後の事後だから!」
「事後なら服着てるか!」
「そんな問題じゃないって、綾那!」

小声で怒鳴りあった後、嬉しくないけど順と視線だけで意思の疎通が完了する。

― 逃げよう!

寝室のドアノブが回るのと私達が窓から逃げ出したのはほぼ同時。
転がるように祈さんの部屋のベランダにたどり着いた時には二人とも地味に息が切れていた。

「……あたしさ」
「あ?」
「子供の頃の夢『忍者』だったんだよね」
「…だから?」
「まさか現実で窓から窓へ飛び移ったりするはめになるとは思わなかった…」
「私だってしたくてやってるわけじゃない」

珍しくこいつの電話に出たのがそもそもの間違いで。
ずるずる、とベランダの壁にもたれかかってガキと座り込んでるこの状況は楽しいわけが無い。

「夕歩に撫でられるのはあたし好きなんだけどな、気持ちいいし」
「ぽい、じゃなくてあんたは変態だったな」
「いや、母さんとかに撫でられてる感覚?いないけど」
「…あ、そう」
「もしくはご主人に撫でられるペットの気分」
「それ、あんた、そのまんまだろ」

立ち上がってジーンズの尻をはらって。
部屋の中に人の気配が無いのに安堵する。
もう少しだけ、あの人に会う前に気持ちを落ち着かせてきたいから。
…いや、夕歩にムラムラしたとかそんな事は全く無くて、そこを後ろめたいと思っているわけではない。
だいたい、私の性欲はあの人に使うのだけでも在庫薄だって言うのに。

「あ!」
「…今度はなんだ」
「あたし、スニーカー玄関に置きっぱなしだ…」
「あー…」

あー、やばい!とか叫んでるガキは無視して出した携帯、コールする相手はこれまた珍しい相手。

『ドーした?』

不意に目の奥に小さな光が過ぎって頭を振って振り払う。
ああ、本当に余計な事を言ってくれたよ。

「話があります」

あの人だけには聞かせたくないから。
たぶん、これからするのはまたまた珍しいこの人に対するお願い。





















「遊びに言って裸足で帰ったことにすればいいかな?ね、綾那、ねーってば!」
「やかましい!大人しくゆかりに殺されて来い!」




To be continue...?

(13/08/19)
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