A

□O CHRISTMAS TREE
1ページ/1ページ





【O CHRISTMAS TREE】








興味が無いだろうとは思っていたから。









恋人とクリスマスを過ごした事が無いと言っていた人とどんなクリスマスを過ごすのか。
むしろ、問題はそんなモノにあの人が関心を示すのか、ってそこからな気がする。

夕歩たちの部屋には12月に入ると同時にシンプルだけど可愛らしいクリスマスツリーが出現してて。
(『一緒にかざる?』なんて言葉は家主の恋人に睨まれて辞退した)
それに少し遅れて反対の部屋にもクリスマスツリーが出没したのを見て。
(典型的な幼稚園にでもありそうなそれはお子様にはお似合いで)

…あの人と出会う前の自分はどんなクリスマスを過ごしていたのか?
考えても思い出せないだろう、そう考えた瞬間、傘も無くコートを濡らして暗い道を歩いていた事を思い出して自分で驚いた。
ああ、あの頃のあれに比べれば今がどれだけ幸せか。
いや、私だってクリスマスツリーに興味なんて無い。
むしろ、雨に濡れて一人とぼとぼ歩いているあれが私とっての普通で。
(それでも子供の頃はあたたかい料理と靴下に入って枕元にあるプレゼントに心躍らせてた)
(…自分の所になんて来ないと諦めていたサンタの正体が愛想の無い姉とその恋人なのは薄々知ってはいたけど)


……何の話しをしてた?
ああ、そうだ。
だから、それは魔が差したとしか言えなかった。
普段の自分なら絶対に、名前も知らない得体の知れないキャラクターの付いた小さな小さなクリスマスツリーなんて、絶対に、絶対に買わない。








買ったばかりのソレをそっとテーブルに置いて。
あの人に問い詰められたら何て説明しようか、そう思っていたのに。
(コンビニのくじであたった、って事にしようと思ってた。捨てるのは勿体無いんで、って)
…まあ、何のコメントも無かったのはたぶん気付かなかったからじゃ無く(あの人がだってそんな変化に気付かないはずがない)やはり興味が無いんだな、って事で私の中では
終わった事だった。


「今日、何時くらいに帰ってきますか?」

それでも未練がましく、情けなく、そして自分らしくなく尋ねたのは、その当日に尋ねたのは、……あたたかい料理と枕元のプレゼントを思い出していたから。

「あー…」

その声のトーンで、少しだけ下がった目元で、返答は分かったから小さく頷いて。
(まあ、そんな事だと思ってはいた)

「いえ、自分も今夜はバイトが忙しいと思うんで帰りは遅くなると思います」

そんな事だとは思っていたからそう口にして。
(だって言えるか?こんな顔した人に『今夜のバイトは無理を言って代わってもらったんです』なんて)
この人は大体、クリスマスなんて存在すら認識してな……

「あ、そうか。今夜はイブだったわね」

………認識はしてるらしい。

「バイト、今夜は大変ね。頑張って」
「……はい」

ええ、まあ、自分が抜けた分、大変だとは思いますよ








クリスマスなんて、それは、あなたは興味ないでしょ?
プレゼントだって、あなたに贈れるモノなんて、何も無くて。








一人の部屋で時間を持て余しているのは何とも居心地が悪くて。
こんな事なら今夜はバイトに出ておけば良かった、なんて今更行く気も無い癖に。
ただ、ただ、ただ、帰りを待つだけの時間は時計の針すら止まっているような錯覚を陥って。
何もせずに待つなんて、時間の無駄使いの気もして。
(だからってお隣の『ケーキ食べに来る?』に参加できるほど神経は太くない)

「…これの何処が可愛いんだ?」

テーブルに上に置かれた名前も知らないキャラクターの付いたクリスマスツリーを手にとって。
これを買わなければ代わりに煙草が二箱は買えたのに。
それでも、手にしたのは、コンビニのレジに無意識に置いていたのは……。

「クリスマスはどうでもいいんです…」

プレゼントも、何だか知らないおっさんの誕生日も、ケーキも、ツリーも、どうでも良くて。
ただ……

「……恋人らしい事に憧れたなんて、言えませんけど」

毎晩しているアレは『恋人らしい事』に入らないのかと言われれば返答には困るけど。
(だってアレは恋人じゃなくてもしようと思えば出来る)
違うんです、アレとはまた違う、『恋人らしい事』を求めて。
具体的にじゃあ何をするのか尋ねられれば答える事すら出来ないのに。
(嫌いじゃないし、むしろ好きではある、アレも)
明日になればゴミ箱行きのそれをまたテーブルにおいて頬杖をついたまま、またため息。
何か飲もうと思い立ったってワインだってシャンパンだってこの家には無い。
(普段、その手の飲み物はどっちも飲まないから)
(……そういう物を買おうと思いつかなかったのは、まあ、うん、慣れてないから)

ガンッ!と。

鈍い音が玄関から響いたのは冷蔵庫からビールを取り出した時。
何の音か首をかしげて、それから聞こえた『あれ?』なんて声に慌てて玄関に走っていく。
(ああ!ビールこぼした!)

「……なんでいるの?」

ドアの向う、かかったままの内鍵越しに問いかけてくるから。
ドアの隙間の向う、それでも両手に抱えられた大荷物に、子供みたいに心臓が脈打ったから。
(だって、それはどう見てもケーキの箱で)
(ケーキなんて普段食べない癖に)

「……あなたと過ごしたくてバイト今日代わってもらったんですよ」

正直に答えて、笑われるかと心配したのに祈さんは真面目に一言だけ。

「……早くドア、開けて」









やたらと多い荷物が玄関に放り出されるのを視界の隅に入れながら。
(慌ててケーキの箱だけは投げられるのを阻止した)
そのまま人の胸倉を掴んで人を寝室に連れ込むから。
(嫌じゃない、決して嫌じゃない、むしろ嬉しい、だ・け・ど!)

「ちょっ!待ってください!」
「待たない」
「仕事はどうしたんですか?」
「無道さん、バイトと思ってたから」

どん、と押された勢いには逆らわずにベッドに押し倒されて。
人の膝に乗る人を見上げれは、露骨に不服そうに(それがただのポーズなのは知ってる)眉間に皺を寄せるから。

「…重いです」
「嘘」
「嘘ですけど」

膝の上の体温が冷たくて、抱きしめたのは冷え切った体を温めてあげたかったからで。
ひんやりした鼻が額に触れるのを目を閉じて、ただ息を飲んで、自分の中に染み込んでいくのを感じる。

「…無道さん、バイトと思ってたから」
「それなら、さっき言ったとおりですよ」
「私も」
「…はい?」

鼻だけじゃなくて、頬も唇も冷たくて。
温める事に専念していたから答えをもらえたのはしばらく経ってから。

「無道さんにクリスマス楽しんでもらいたくて」
「……まあ、楽しんでます」

毎晩のアレは仕方ない。
……仕方ない所か大歓迎なのは大歓迎で。

「……無道さんいるから」
「…すいませんね」

膝の上の体温が温まったのは自分の熱が移ったからだと思うのは案外、幸せで。

「だって、無道さんクリスマス楽しみにしてたんでしょう?」
「いや、別に…」
「だって、あんな可愛いツリー買って来てたじゃない」

言われて思ったのは『やっぱり気付いてたのか』と『だったら何で何も言わなかった?』が半々くらい。
『可愛い』って思ってもないでしょう?なんて、それでも浮かぶのは苦笑いで。

「ああ言うのが趣味とは思いませんでした」
「趣味じゃないけど」
「…ですよね」
「ただ、あれを買ってる無道さんを想像すると可愛くて可愛くて可愛くてたまらなくなっちゃって」


― 可愛いはツリーじゃなくて無道さんよ


なんて、笑いながら(それでも目元は真剣に)言うから。


「あれを買ってる無道さんを想像して、クリスマス楽しみにしてるんだって思うとたまらなくなったの。無道さん、まだサンタさん信じてるのかも、って」
「いや、さすがに信じてませんよ」
「でも、斗南さんたちが中学卒業するまで枕元にプレゼント置いてたって言ってたから」
「置いてくれとは言ってないし、むしろ途中からは止めて欲しかったんですよ、あれ」
「でも、『止めて』とは言わなかったんでしょう?」
「次の日の朝に凄いキラキラした顔で起きてくるの待たれてる中三の自分の気持ちも考えてください。あの顔で待たれてると『もう止めてくれ』なんて言えませんよ」

さすがに高校に入った年には行われなかったけど。
だけど、起きて枕元にプレゼントが無いのに安堵した後にリビングに起きて行ってどんよりとした顔をしてる人を見てひどい罪悪感に襲われたのは良く覚えてる。
(その隣で柊さんもひどい顔をしてた。あれは珍しくあの人にしては罪悪感を感じてる時の顔だった)

「私、『ああ、無道さんに楽しんでもらえるクリスマスにしてあげよう』って張り切ってたのに。無道さんがバイトに言ってる間に色々準備しようと思ってたのに無道さんいるから」
「……その気持ちだけ頂きますよ」

サンタはさすがにもう信じて無いけど。
こんなとびっきりのプレゼントを貰えるなら、サンタを信じてお礼の手紙でも書きたい気分になる。
……まあ、気持ちだけじゃなく、その後に体も付いては来るんだろうけど。
それでも私の為に早く帰って来てくれた、ってその事実で『恋人らしい事』をクリアしている気分になるんだから自分でも情けないと言うかお手軽と言うか。

「プレゼントもあるの」
「…枕元に置かないんですか?」
「枕元に置いたら今晩使えないけど?」

祈さんの言葉と意味深な瞳を見つめてしばし瞬きを繰り返して。
やっと膝からおりた人が玄関に戻って荷物を抱えてくるのをベッドの上から嫌な予感に気付かないフリして見つめて。

「………無道さんが好きなの使っていいから」

袋の中身を見せられた後、頭を抱えたくなったのは確かにコレは明日の朝貰っても仕方が無いな、って事。
あの頃みたいに『サンタが自分の所に初めて来た』と喜んだあの時みたいな泣き出しそうな感激は無いけど。
……感激は無いけど、それよりもっと体の芯に疼くものを貰ってしまった。
これは、その、本当に、好きなのを使っても………?



「……あのツリー」
「ん?」
「もし、私が買って無かったらクリスマスにこんな事しようなんて思いましたか?」
「ううん、たぶんしなかった」

………小さな小さな安いクリスマスツリーは買って正解だったって事。










とりあえず、まずは『恋人らしい』キスでもさせてくださいよ。

















「…うわー」
「無道さん、こういう衣装嫌い?」
「衣装って言うか……なんて言うか、うわぁー……」
「……喜んでもらえて光栄だわ」


























「………無道さん」
「はい」
「………頭の所にプレゼントが置いてあったんだけど」
「たぶん、祈さんがいい子だからサンタが来たんですよ」
「……………これ」
「はい」
「………無道さんが選んだの?」
「………駄目ですか?」
「…今、私『可愛い』が充満しすぎて窒息で死にそう」
「馬鹿にしてますか?」
「そんなに真っ赤にならなくても。ねーねー、無道さん」
「何ですか?」
「この目つきの悪い黒猫のぬいぐるみに『あやな』って名札つけてもいい?」
「………もう、小さく付いてます」
「あ、ほんとだ」




END
(13/12/09)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ