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□Do Not Disturb
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【Do Not Disturb】







「ねえ、もしかして無道さんお金借りに行きました?」
『…やっぱ、アイツ悪いオンナに引っかかってンのか』
「その『悪いオンナ』って私のこと指してます?お義姉さん」










…話は少し戻って。



お隣さんの訪問は最近では何時ものことで。
少し前まではお隣さんの名前や顔すら知らなかったのに、なんて。
『あの子』がいなければ、こんな風にはなってはいなかった。

「「こんばんは」」

綺麗にはもった声と対照的に緩んだ頬と引きつったままの頬と。
頭を過ぎったのは『何かあった?』じゃなくて『何があった?』

「これ、綾那とどうぞ」

渡された袋を受け取ってずしりと重いその袋をチラリと覗けば地酒のボトルが見えた。
…私相手にお酒を選ぶあたりさすがと言うべきか。

「ありがとう。無道さん未だ来てないから後でお礼に行かされるわ。旅行?」

尋ねればまた、緩んだ頬と引きつったままの頬と同時に頷いて。
楽しい旅行では無かったの?

「…楽しかったですよ」
「凄く」
「けど、ゆかりが…」
「出かけた甲斐がありました」
「…聞いてる?」
「……だから、それについてはごめんなさいって」

人の家の玄関先で喧嘩のフリをした惚気が始まって。
昔なら追い出してたのに『あらあら』と興味半分に眺められるのは、私も大人になったから?
それともこれも『あの子』の所為なのか。

「何ででしょう?」

困った瞳をして、それでもまだ頬は緩んだまま。

「普段と違う環境だと彼女が何時も以上に可愛く見えるの、って」

…喧嘩の理由が分かったのは真っ赤になった静馬さんと足を踏まれながらそれでも楽しそうに笑ってる染谷さんで。














「美味しそうですね」

部屋に来たらまず手を洗うこの子の習慣はたぶん昔からの習慣で。
たぶん、本人ですら無意識に行っているくらい昔から習慣にさせられてるもの。

「二人で旅行なんて楽しそう」

手を洗うために袖を捲り上げたせいで丸出しの手首が美味しそうで。
『美味しそう』に同意したまま、私が見つめてたのは別の場所。

「祈さんも行って来たらいいんじゃないですか?偶には休みをそんな風に使ってもいいと思いますよ」
「行って来たら、って何でそこで他人事なのかなー?」

少しだけ眉をつり上げて。
だけど、私の顔を見返す顔が本当にきょとんとしていたから。

「いや、神門さんと一緒にとか」
「玲と私が二人でしっぽりと温泉旅行とかに行ってもいいの?」
「いいんじゃないですか?」

嫉妬の対象にすら玲はならない、と。
私を信頼しているから…、と思え無いのは日ごろの行いからか。

「一緒に行くなら槙さんお勧めですけど」
「上条さん?」
「ガイドブックも地図もいりませんよ。予習が凄すぎて」

とんとん、と自分の頭を指差して『ここに入ってるんです』って笑うから。

「だから、槙さんの予定に入って無い行動ばかりする柊さんと良く喧嘩になってました」

子供の頃の旅行を笑って話せるくらいなら旅行自体は嫌いじゃないはず。
なのに…。

「私と旅行する気無い?」

尋ねれば少しだけ顔を顰めて、その後笑って捲くっていた袖を元に戻すからがっかりして見つめて。

「旅行どころかデートだってまともにした事ないのにですか?」
「お酒飲んでホテルなら良くしてるでしょう?」
「…デートの定義にもよりますが」
「あれがデートよ」
「祈さんは私が貧乏学生だってたまに忘れますよね」
「旅費なら私が出すわよ」

それは最初からそのつもりで。
可愛い子をトランクに入れて旅行なんてそんな楽しい事にならお金をいくら出しても惜しくない。
…トランクに入れたらなんだかちょっと猟奇的ね。

「どこ行きたい?イタリアとかカナダとか」
「どこまで行くつもりなんですか、貴方は」
「お金なら私が出すから」
「だから、それは嫌ですって」

呆れたようにため息をついて、それでも薄く笑うから。
その手を握ってまた袖を捲くって、現われた手首に唇を押し付ける。

「…無道さんと旅行に行きたいなぁ」
「……………何、甘えた声出してるんですか」

可愛げのない言葉を返しながら、それでも下がった唇は笑ったまま。
唇を押し付けていた手首をひるがえして私の頬を撫でるから。
…私の『おねだり』なんてレアでしょう?

「……国内に一泊なら手を打ちます」

ほら、最終的には私の勝ち。
二人で仲良く旅行なんて恋人みたいなこと以前ならしたいとは思わなかったし。
仲良く旅行するお隣さんを羨ましいなんて事も思わなかった。
それもこれも『この子』の所為。

「んー、でも二泊はしたいなー」
「どこに行きたいんですか?場所にもよりますけど」

隣人たちの赤くなった頬と踏まれる足を思い出して。
喧嘩の理由を想像してみて、だけど、それでも楽しそうだったから。

「だって一泊だと絶対観光する時間無いと思うの」
「だから、どこに…」
「普段と違う環境だと彼女が何時も以上に可愛く見えるんです、って」

不思議そうに首をかしげて、その首が定位置に戻る頃にはまた呆れたような笑み。

「どこに行くにしても『Do Not Disturb』の札、私たちには絶対に必要ですよね」
「今もドアの外に下げておく?」
「…いえ、旅先での楽しみにとっておきます」

…どこでもする事は一緒なら、ここでいい、のに。

「どこに行きましょうか?」

貴方と過ごす様々な時間を試してみたい、って。
全て全て私を変えるのは『この子』。

「無道さん、行きたい場所は?」

旅先でする喧嘩だって貴方となら楽しそう。
どこでもする事は一緒なら、ここでいい、じゃなくて。

「祈さんの隣なら何処へでも」

…貴方の隣なら私だって楽しめる。



















『…アイツに付いてる悪いオンナは今ンとこ一人しか知らねーっすけど?』
「もし、もう一人付いたらすぐに教えてください。暗殺しに行きますから」
『…アンタが言うとシャレに聞こえネーって』
「シャレじゃないですから」
『で、アイツは何を貢ぐ予定なンすか?』
「貢ぐとかじゃなくて一緒に旅行に行くだけです」
『だけ、って行ってるワリには声はずんでるンすけど』
「上条さんはガイドブック並だって無道さんが言ってましたけど」
『ン?ああ、アレはアイツなりのサービスだから。張り切りすぎて大事なトコはずすけど』
「そのサービスを無視して喧嘩してた、って」
『アイツ、余計なことばっか話やがって…』
「斗南さんひどーい」
『予定に無くてもアンタだってアイツが好きそーなモンがあったら、ソッチに行こうとするっしょ?』
「それは、まあ、そうですけど」
『…なのに、アイツは人の気持ちも知ネーで拗ねンし』
「無道さんの手はどっちが引いてたんですか?」
『覚えてネーよ、ンなこと』
「…て、事は斗南さんも無道さんの手を引いてた時があった、と」
『妬くな、ンなコトで妬くな』
「あ、じゃあ今度は家族旅行しましょう。お義姉さんたちも一緒に」
『アイツの前では絶対にそれ言うなよ。号泣した後、スゴい勢いでガイドブック調べまくっから』
「ちゃんと部屋は別にしますよ」
『アたり前だっーの』




END?
(14/03/17)

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