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□野良順シリーズ・旅情編
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【野良順シリーズ・旅情編】




― どうせなら

社交辞令じゃ無いけれど、それは実現が遠い話だと思っていた。

― どうせなら、皆で行きたくない?

その『皆』がどこまでなのか考えて、お隣さんとうちの姉達であるのは分かったけど。










「…まさか、本当に行くはめになるなんて」
「無道さん、嫌だった?」

早朝、マンションの前。
そこに並ぶ槙さんとゆかりの車の前には馴染みの顔がぞろりと居て。
それを見ながらついつい口から出た呟きを耳ざとく拾ったのは私の恋人で今回の旅行の発案者。

「むしろ、申し訳ない気分です」

結局、柊さんにした借金は使わないまま返却した。
いつの間にか日程を決め、いつの間にか旅行の申し込みまで終わっていた恋人に自分の分の旅費を払おうとすれば『無道さんの足長おじさんにもう貰ったわよ』の一言。
言葉通りに長い足を持て余して槙さんの車に眠そうに寄りかかっている人を横目で見て。
…まあ、私の旅費を誰が出すかで散々姉達と祈さんでもめたらしいのでこれ以上諍いの種はまきたくは無いから今回はその足長おじさんに出費してもらうことにした。
(たまにこの人がしてくれる『保護者』らしいことにどんな顔をすればいいのか分からなくなる。この人の顔をたてるべきか、それとも突っぱねるべきか。)

「おはようございます」
「ン」

いつもより目つきが険しいのは機嫌が悪いのでは無く、まだ半分寝てるからだと知っているけど。
言おうと思って言いそびれていた礼はやっぱり口から出なくて。

「…柊さん達と旅行なんて久しぶりですね」
「張り切ってぞ、アイツ相変わらず張り切ってぞ」

うんざりした声を出して険しい目つきで指したのはゆかり達と話している槙さんの方。
早朝に関わらず、むしろ昔から早朝の方が元気がいい槙さんは無駄にキラキラしてゆかりに呆れた顔で肩を叩かれたりしてるけど。

「だとは思いました」
「今朝なんて4時に起こしやがった、あのオンナ」
「それで夜は9時くらいに寝ちゃうんですよね」
「ガキかってーの」

未だ半分眠っている面々の中、一人興奮しきってはしゃいでる人を二人で眺めて。
(本当のガキの順の方がまだ大人しくしてる。こいつの場合、未だ頭が寝てるって言うのが真相だろうけど)

「車、4人ずつでいいわよね」

ひょこりと隣に並んだ人の鞄を受け取って槙さんの車のトランクに入れながら。
トランクに先に入っていた旅行鞄が妙に大きいのはこれまた張り切った槙さんの仕業だろう、とこっそりと笑う。
柊さんの荷物だけならそれこそ体一つで終わる。

「いいと思いますよ。…祈さん、荷物これだけですか?」
「そうよ、一泊だし」
「上着、それだと寒いと思いますけど」
「そう?今日、暖かくなるって言ってわよ」

ろくに寝てないのにご機嫌な顔で(寝てないのは私もだけど)答えてさっさと後部座席に乗るから。
まあ、この人が楽しそうなら私はそれだけで満足だから。

「槙さん、行きましょう」









…たぶん、きっと、長い旅になるだろうとの予想はしてるけど。
















「助手席、オマエが乗れッて」
「その地味に嫌がらせするの止めませんか、ほんと」
「何で皆、後ろに乗るの?一緒に楽しく歌いながら行きましょうよ!」
「…………祈、前、乗れ」
「……お願いします」
「私?」





  
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