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□ハリネズミの正しい飼育方法
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【ハリネズミの正しい飼育方法】








「祈、ハサミ貸せ」

休日の夕暮れ、何の前置きもなくお義姉さんが言い出した。










私の恋人はソファーに座って本を読んでるから、それを眺めながら二人でワインのボトルをあけようかというくらいのタイミング。

「何、切るんですか?普通のハサミしか無いですけど」
「出来ればよく切れっヤツ。剃刀でもいいけど」
「キッチンバサミくらいしか無いです」
「んじゃ、ソレで」

グラスに残っていたワインを一息に飲み干して(こんなに飲んで後で来る恋人さんに怒られなければいいけど)キッチンバサミを手に立ち上がった斗南さんが向かったのはなぜかソファーの後ろ。
座る無道さんの真後ろ。

じゃきっ…

「!!!」

― やっぱ、あんま切れネーなー

なんて暢気な声と裏腹に、さすがの、さすがの私でも一瞬言葉を失う。
パラパラと床に散ったのは……無道さんの髪の毛。

「と、斗南さんっ!?」
「ア?ああ、ソージなら後でこいつがヤっから」
「じゃなくて、ああっ!無道さんの髪の毛がっ!」

それは丸刈り450円でも無道さんが可愛いのに変りはないけどっ!
だからってキッチンバサミで無造作に切られていいものじゃない。

「柊さん、短くしていいですよ。しばらく切ってもらえなかったんで」

なのに、私の恋人は肩越しに振り返って当たり前のように言うとまた読みかけの本へと視線を落とすから………え?

「…無道さん?」
「ダイジョーブだって。いっつもあたしが切ってんだから」





そう言われれば無道さんが美容室の類に行ってる姿を見たことがない。
長いままの髪はたまに私が暑いけど、そんなに気にしていなかったし。

「…何時もって?」
「ガキの頃から」

パラパラ、と。ザクザク、と。
どう見ても無造作に切ってる斗南さんの手元は確かに手馴れているけど。

「…それ、キッチンバサミですよ」
「ナイフでも切れっから」
「無道さん、一応女の子です」
「柊さん、ナイフで爪も切れますよ」

何でか無道さんが振り返って誇らしげに言うから、それなら私もチャレンジしてやろうかと言う気になる。
きっと、その時には大慌てで止めるでしょうに。

「上条が切ったらコイツ、前髪パッツンに切られて」
「それ、話さなくていいでしょう」
「情けない顔してるガキの髪切ってマトモにしてやったの誰だと思ってんスカ」
「…柊さんですけど」
「あん時だって…」
「だぁーっ!それも話さなくていいですからっ!」

珍しい姉妹の会話を聞きながら、着々と短くなっていく無道さんの髪の毛を見ながら。
………楽しくないのは何故なのか。















「…出来た、っと。ん、これで半年はいいんじゃね?」
「ありがとうございます」

ぶるぶる、と頭を振って振り返るから。
振り返った後に『どうですか?』と言わんばかりに私の方を見つめて子供っぽく笑うから、なんでか素直に褒める気になれなくて。

「ハリネズミみたい」
「…え?」
「無道さん、ハリネズミみたい」
「し、柊さん、どんな髪にしたんですか!?」
「いつもと変んねーって。ジブンで鏡見てみたら?」

バタバタとバスルームに走っていく背中を二人で見送って、散らばった髪の毛を見つめた後に視線を感じて隣を見ればなぜかさっきの無道さんみたいな子供っぽい笑顔。

「なんスカ?」
「…何がです」
「いやー、アンタにしてはひねくれた褒め方アイツにしてたから。何かアんのかと思って」

そう言いながら分かってる、と言う顔でまた笑うから。
妬いているのを見透かされたみたいな気がして、二人の間に入れないのを妬んでいるのがばれそうで視線を逸らす。

「あたしだって切りたくて切ってンじゃないって」
「その割には楽しそうでしたけど」
「上条の腕はちょっとアレだし。だからってジブンで切らせるワケにもいかねーし」

視線を走らせたのはバスルームの方へ。
笑いを少しだけ引っ込めて、一度口を開いて閉じた後、もう一度開くから。

「…怖がって帰って来たから、もー一回ツれてく気になんなくて」
「怖い?」
「いや、ヤッパいい。忘れろ」
「何ですか?お義姉さん、助手席の件も結局ちゃんと説明してくれてないですよ」
「その呼び方ヤめろって!」
「助手席の女の名前だけ教えてくれれば後は自分で探し出してどうにでもしますから!」
「そりゃーアンタなら捕まるなんてヘマやんねーだろうけど、まず落ち着け!アイツが鏡ごしに人と目が合うのが怖いってパニックになったことがあるってだけの話っすよ!」」

肩で息をしてから、また一つ深呼吸して、その後に大きなため息の音。
また、もう一度だけバスルームを見てさっきまで笑っていた瞳は何でか困ったように下がっていて。
意味をつかめずに首をかしげれは、また大きなため息の音。

「…つか、アイツのこんな話、聞いてアンタ楽しいんスカ?」

口元のピアスまで下がるから、私のした行動は………掃除機をとってくること。

「お願いします」
「は?」
「掃除、今から無道さんの髪の毛を観賞してくるんで」
「意味ワかんねーって!」
「楽しくないですから」

前の女の情報は報復のために必要なだけで、無道さんがどんな人と付き合っていたのかなんて。
子供の頃の話を聞くのは楽しいけど、触れてはいけない部分だってあるはずだから。

「出来たらもっと楽しい話聞かせてください」
「ジブンで聞けばいいんじゃないっスカ、んなもん」
「ですね。そうします」

不穏な空気になってしまった会話を終わらせて、愛しいハリネズミのいるバスルームへ。
だけど、その前に…。

「変なこと、話させてごめんなさい」

キッチンバサミを手持ち無沙汰にチャキチャキしてる人へお詫びの言葉を一つ。

「…あたしだって、誰にでもダベるわけじゃないっスから」

背中に聞こえた言葉に一度、頷いて。
0.4秒後にその言葉の意味を理解して振り返る。

「あー、もー、ソージは上条にヤらせときゃいいんじゃねーの!」















ガーガー、掃除機をかけ始めた斗南さんを背中に向かった先。
バスルームの鏡の前でまじまじと自分の姿を見つめてる無道さんの後ろにそっと立つ。

「あ、祈さん」

振り返ろうとするからそのまま後ろから首に腕を回して。
鏡越しに目が合えば不思議そうな顔をしたまま笑ってくれるから。
今は、私を見て笑ってくれるから。

「おかしいですか?この髪、おかしいですか?」
「ううん、とびっきりに可愛い。誰にも見せたくないくらいに」

……偶に視線を合わせてくれない時があるのは気付いていたけど。
それでも今はこうやって私の目を見つめ返して笑ってくれるから。

「…ハリネズミの正しい飼育方法ってどんなのかしら」
「やっばりハリネズミみたいなんですか?」
「だって無道さん、ハリが刺さって痛くても私が寒がってたら近づいて温めてくれるでしょう?」
「それヤマアラシでしょう?」
「どっちにしても無道さんが可愛いのは変らないわよ」

短くなった髪をわしゃわしゃしてみて、無道さんがくすぐったそうに少し屈んだ隙に頭の天辺に唇を押し付ける。
ちくちくする感触に笑って。

「…私も刺していいから」

小さく小さくまだリビングから響いてくる掃除機の音に紛れて囁く。

「何ですか?掃除機の音がうるさくて……って、珍しい。柊さん掃除までしてくれてるんでね」
「髪の毛、残ってるからシャワーで落として来いって言ってたわよ。斗南さんが掃除してくれるからって」
「ちょっ!なんで貴方が脱ぐんですか!?」
「え、だって無道さんがシャワー浴びるなら私も一緒に浴びるでしよう」
「当然のように言ってますけど、柊さんいるんですよ?」
「終わらなかったらきっと私たちのことは放って帰ってくれると思うけど」
「一体、何が終わらないですか!」
「………聞きたい?」

ぶつかった視線はまだ鏡越しに。
それでも私の視線を受け止めた後に無道さんがとった行動は斗南さんそっくりのため息をついた後に振り返ること。

「…もう一回、褒めてください」
「ん、その髪可愛い。食べちゃいたくなる」
「どうぞ、ご自由に」

密着したまま服を脱がして、脱がされて、髪の毛をわしゃわしゃかき混ぜてあげながらハリネズミの恋人にもう一度笑いかけてみる。

「無道さん、可愛い」
「…ありがとうございます」



…お礼の言葉はキスの前にしっかりと瞳を見つめて。
















正しい飼育方法なんて習わなくても、私は私なりに。





















「斗南さん?どうしたの、もう帰るの?」
「あー、来るの遅ぇって。つか、ココでUターン、ほら、帰った帰った」
「待って、私二人に挨拶すらしてないから」
「いいって。どーせ、ンなこと聞いてるヒマなんてアイツら無いっスから」
「いっぱい買い込んで来たのに…」
「ほらほら、背中向けてとっとと出た出た」
「あ、荷物は自分で持てるから」
「っあー、まーた買いコんだな、アンタ」
「だって、無道さんいっぱい食べるし。斗南さん、いっぱいお酒飲むし。だから、私が自分で持ちます」
「そーいや、今日アイツの髪久々切ったから」
「伸びてたものね、無道さん。ほら、斗南さん、半分持……」
「あのパッツン、写真残ってたっスよね?」
「あれ、可愛かったのに無道さん何でか嫌がるから。斗南さん、荷……」
「今回はハリネズミみたいだって言われてたけど」
「ハリネズミ?やっぱり、私も見たかったわ…。で、斗南さん荷物……」
「あー!うっせー!大人しくアンタは持たせときゃいいンだよ!」
「だけど、重たいわよ」
「ンじゃ、コレ持て」
「……斗南さんの手なんて重たく持てないわ」
「ンじゃ、持つな。金輪際、二度と触んな」
「ああ、ごめんなさい!冗談だから!」
「……なんで笑ってンの?」
「斗南さんの手が温かいから幸せで」
「…やっぱ、手離していいっスカ?」
「駄目でーす」










END
(14/04/24)

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