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□Birthday Cake
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【Birthday Cake】





さあ、困ったぞ。
無道綾那(11才)はそう考えていた。








何が困ったって今日は大事な大事な人の誕生日なのに。
プレゼントを買うお金が無いわけじゃない。
もうプレゼントは貯めた小遣いで一輪の花を買ってるから、きっと優しい優しいあの人はそんな一輪の花でも喜んでくれるだろう。
…だったら、なんで困っているのか?
高い花束よりも、高い食事よりも、高い宝石よりも、きっとその優しい優しい人が欲しがってるモノがここには無いから。

「…柊さん、どこいるんだろう」

義理の姉はマグロ漁船に乗っているらしい、と教えてくれたのは今日が誕生日の優しい人で。
その時に頭の中で想像したのはなぜか銛を手に鯨の背に乗り止めを刺そうとしてる柊さんで。
あの人は色んな意味で凄すぎる、なんて妙に一人で納得してた。
先月まで繋がっていた緊急用の携帯も通じなくなって。
(緊急、って言うのは優しいあの人が風邪で寝込んだ、とか、骨を折ったとかそういう時で)
お金は『父親』から貰っているし、一緒に優しいこの人がいてくれるから『緊急事態』なんて滅多に無いけど。

「…困ったなぁ」

もう一度だけ呟いて無道綾那(11才)は頭をかきむしった。









あの人はだいたい勝手すぎる、と。考えるにつれて腹がたって。
せめて連絡くらい何時でも付くようにしてくれるとか、好きな人の誕生日が近くなったらちゃんと帰ってくるくらいの分別はあるべきで。
(今、海のど真ん中だったらどうしよう、なんて事は考えないようにした)
寂しい、なんてそんな感情は自分には無いけれど。
(だって、柊さんとは血が繋がってるわけでもない)
…『大丈夫よ』ってあの人が笑うから、喉の奥がグッと苦しくなる。

「…槙さん」
「ん、どうしたの?無道さん」

夕食は槙さん特性のハンバーグで、だけどこれは私の好物で槙さんの好物じゃないはず。
冷蔵庫を覗いて、だけどそこには誕生日には欠かせないあれは無くて。

「おうちに帰ったら?」
「おうち?……ああ、実家のこと?」

首をかしげて、槙さんは背が高いから何時も話をする時は屈んで目を合わせてくれる。
今も何時もみたいに長い体を屈めて私の顔を見つめてくれる。

「どうしたの?」
「だって槙さん誕生日なのに…」

何度か逢ったことがあるけど、おじさんもおばさんも槙さんと変らないくらいに優しくて。
他人の私の頭を温かい手で撫でてくれるから。

「おうちの方がきっと、ちゃんと、祝ってもらえるよ」

時計を見て、槙さんの誕生日がもう数時間しか残ってないことを一生懸命伝えるのに槙さんは変らずのんきにアゴに指先をあてて『うん、そうね』なんて笑ってるから。
テーブルの上に飾ってあるのは朝自分が渡したプレゼントの花で。
涙ぐんで『ありがとう』なんて言われて、何でかこっちまで泣きそうになった。

「いいの、私がここに居たいんだから」

さ、食べましょう、って出されたハンバーグは何でか何時もほど美味しくなくて。
それはきっと、槙さんが笑いながらも悲しそうだったから。
…………それをどうにも出来ない自分が悔しかったから。




離婚を本気で考えた方がいいんじゃないか、と。
今日こそ槙さんに言おうと無道綾那(11才)は考えていた。
槙さんが幸せになるには私も、きっと柊さんもいない方が良くて。
何時もなら眠っている時間、そんなことを考え続けて眠れなくて。
誕生日なのにケーキも無いなんて、そんなの悲しすぎる、って。
きっと、そうした方が槙さんにとってはいいのに、槙さんがいなくなると考えただけど胸がまた苦しくて潰れそうで。

「……帰ってきてよ」

あの人がいれば、そう考えて、自分だってあの人の荷物になってるんだ、って。
……あの人が槙さんの所に戻ってこない理由は自分かも知れない、と気付いた瞬間、今度こそ心臓が潰れた。
つん、と痛くなった鼻を慌てて手でごしごしこすって。
一人きりのベッドの中、何度も何度も目をこすって。
…泣くのは嫌いだから。


ガシャン、と。

不意に深夜の家に響いたのはドアの開く音で。
シーツにこらえきれずに落ちた涙をゴシゴシしてる時だった。

「…?」
「っアー、間に合ったー!上条ォ!」

………深夜の部屋に響いたのは確かに姉の声で。
ガバっ!と。
急いで飛び起きて玄関に走って行ったのに、もうそこには先に槙さんがいて。

「…おかえりなさい」
「ただいまサン、ンなこといいからほら急げ!今日が終わッちまう!」

ぽん、と投げ渡されたから慌てて受け止めて。
その箱から中身が予想がついたから投げるなんてひどすきる!と睨みつけようとすれば………………子供は見ちゃいけない感じに二人がなってたから目を逸らして。
時計を見れば23時55分。
慌てて、だけど、そーっとそーっと出したケーキはすでに生クリームの部分が少し崩れてて。
だけど、そこにローソクをさして火を点けるのは…。

「柊さん、火つけて!」
「ン……あと、10秒待て。あと、まだコッチ見んな」
「柊さんっ!早く!」
「無道さん、もうちょっとだけ。もうちょっとだけ、久しぶりだから…」
「後でやってよ!」

だいたいジッポは柊さんの上着の左ポケットに入っているからちゅっちゅっやってる合間に勝手に取らせてもらう。
(柊さんがいる時はわりと見慣れた光景だからそんなに気にならない)
ローソクに火を点けて、甘くて美味しそうなケーキをソッと槙さんの方へ差し出す。
まだやってる二人に割り込んだのは本当に日付が変りそうだったから。

「もう、二人で消していいから!早く!」

腕を伸ばしてケーキを差し出して、屈んで笑いながら火を消す二人を見て。
その二人の手が繋がれているのを見て。

「…お誕生日おめでとう、槙さん」

……槙さんがここに居たのは絶対に帰ってくるって信じてたからなんだ、って。

「オメデトさん」
「…ありがとう」
「チビ、珈琲入れろ。濃いヤツ」
「そんなの飲めないよ」
「ケーキ、テメェにあわせて甘ったりィの選んだんだからそんくらい気ぃつかえ」
「去年のビター過ぎて無道さん食べれなかったものね」
「あ…」

言われて去年槙さんの誕生日に食べたケーキは確かに黒くて苦い食べるのが辛いケーキだったのを思い出す。
(柊さんは『ウマい』って言いながら食べてたけど)

「…去年もケーキは柊さんが買ってたんだ」

だから、ケーキは準備しなかったんだ……。
何だ、って。
自分の心配も気遣いもそんなのいらなかったんだ、って少しだけ腹が立って。
……それよりもずっとずっと二人が仲良く並んでるのが嬉しかった。









だけど、出来ればもっと早く帰って来て欲しかった、なんて言って頭を叩く手もそれを癒すように撫でてくれる手も。
ずっとずっと離さずにいられたら、って。






















「今日、上条さん誕生日なのね。私たち、お祝いのケーキとか買わなくていいの?」
「あ、いえ、私は花を買ってるんで。それにケーキは毎年柊さんが買うのが習慣なんで」
「お気持ちだけ頂くわ、祈さん」
「斗南さん、でもちょっと前から行方不明になってるんじゃなかった?」
「何時もの事ですから、あの人のは。まあ、でも帰ってきますよ。あの人、誕生日とかそういのには細かいんで」
「無道さんのも何だかんだで忘れた事無いものね、斗南さん」
「…まあ、ちょっとどうだろう、っていうプレゼントをくれますけど」

コンコン コンッ!

「ああ、ほら、帰ってきたわ」
「チィ〜ス」
「相変わらずギリギリにしか帰って来ませんよね」
「テメェはいっつも一言余計なんだよ」
「あ、ほら、ケーキ潰れるから。…何時もありがとう、斗南さん」
「ああ、ほら、祈さんも構えてないで!いいんです、頭叩かれるくらいは何時もなんでそんな殺気立って柊さん睨まないで!」
「私とお義姉さんどっちが大事なの!?」
「そ、そ、そんなの………………い、祈さんにき、決まってるじゃないですか!」
「…ずいぶん、迷ったわね、無道さん」
「テメェの恋人の方が大事だってケロッと言い切れるくらいなれッてな」
「斗南さんは私と無道さんどっちが大事?」
「ん、ンなの……」
「いいわ、答えないで。どっちも大事だって知ってるから」
「……上条サンよぉ」
「はい」
「オメデ…」
「斗南さん、ほらっ。ハッピーバースディくらい歌ってあげないと」
「祈さん、二人がいい雰囲気の時は邪魔しちゃ駄目ですよ」
「今?今、斗南さんと上条さんいい雰囲気だったの?」
「………ヤっていいか、そのオンナ」
「いや、気持ちは分かりますが暗殺はしないでください、怖いです。色んな意味で」
「ほら、斗南さん、皆でケーキ食べましょう」
「ローソク、準備しますから」
「ンな騒がしい誕生日も初めてだな…」
「うん、そうね。だけど、私は好きよ」
「……アンタがそうならあたしはソレでいい」
「はい、上条さん。ローソク一緒に消しますよ!」
「何でテメェが割って入ってんだよ、祈!」
「え…?今のも二人いい雰囲気だったの……?」
「ええっと、ごめんなさい。この人連れて私も退場します」
「まあ、いいじゃない斗南さん」
「…トんだ誕生日だな」
「楽しい誕生日よ」












 

Happy Birthday to Maki Kamijyou.

I Love You with all my heart!











END
(14/05/01)

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