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□Mine
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【Mine】





…初めて会った時、私は大学生で彼女はバイトのウエイトレスだった。




毎日通っていたカフェは最初は美味しいコーヒーが目的で。
それがコーヒーが冷めるのも気付かないくらいに別のものに心を奪われたのが何時くらいからかは記憶に無いけど。

「ドーぞ」

物を投げるみたいな喋り方とは正反対に、カップをテーブルに置く時のしぐさは静かで。
その指先やシャツの袖からのぞく手首に見惚れてた。
…そうじゃなくて、近くに居る時はまともに顔さえ見れなくて。
俯いて投げ出された言葉と一緒に、丁寧に置かれるカップばかりを見つめていた。
綺麗なものに惹かれるのが人間の習性なら、この人に惹かれるのは当然の摂理で。
だけど、だからこそ、触れるのに躊躇って、神聖なものとして彼女を見ていたのかも知れない。












「ほらッ」

今も投げ付けられる言葉と共に渡されるカップは丁寧に静かに私の元に来て。
何時も私がしっかりと受け取ったことを確認してからしか手を離さない所はきっとこの人の本当の性格の正確さを表しているのかも知れない。
…一度『無道さんもあなたと同じで私が受け取ったことをしっかり確認して手を離すの』と話したらその後は熱いコーヒーでも乱雑に手渡されるはめになったけど。
(たまに二人の仕草が驚くほど似ていて微笑ましくなる)

「…なんスか?」

ペトペトとカップを持ったのと反対の手で頬を撫でれば顔を顰めて。
触れるのが昔は勿体無かった、なんて言えばますます顔を顰めるのは知っていたから。

「何時見ても綺麗だな、って」
「……イツの間に酔うほど飲んだ?」

触れ合うのが苦手なのは(特定の時を除いて)この長い付き合いで知っているから。
それでも、こうやって肩が触れ合う距離で寄りかかっても逃げられないのは珍しいこと。
(喧嘩して私が大泣きしている時でもこの人はポケットに手を入れたまま2メートル先に立ち尽くしたまま、まるで途方にくれた子供みたいな顔をして)
(そのまま部屋を飛び出すから私の涙は結果的には止めさせられる)

「最初から…」

頬にまた触れれば先ほどよりもまた少し、顔を顰めて。
だけど、逃げ出しはしないから。
ソファーの上、これからの展開は分かっている。

「私はあなたを綺麗だ、って思い続けてるけど?」













「なに描いてンの?」

その言葉を投げ付けられたのが自分だとは最初気付かなくて。
だけど、いつも耳に残っていたその声に顔をあげて………そのボールを投げ返さないといけないのは自分だと気付く。

「え?あ?え?」
「…いや、あんた何時もなんか描いてッから」

カフェのエアポケットみたいな時間、店内を見回せばお客さんは私一人で。
このウェイトレスさんを独り占めしている現状。

「あ…いや、特には……」
「見たい」

『見ていい?』と問いかけるのではなくは『見たい』と意思を貫き通すから。
(もし尋ねられていたら私はきっと逃げ出していたかも知れない)
無意識に開いていたスケッチブックを閉じて手渡していた。

「……へー」

パラパラとスケッチブックを見た後に短く呟いて。
パタン、と閉じたスケッチブックはカップと同じようにまるで壊れ物みたいに丁寧に丁寧に私に返却される。

「キレイだな」
「………ありがとうございます」

ただただ、その時は恥ずかしくて……また何時ものように綺麗な指先と袖からのぞく手首しか見つめることが出来なかった。













「………スる気無いなら寝るけど」
「します、けど少しだけ待って」

大学生だった頃、あの頃はこの手に触れられるなんて想像もしてなかった。
今はこうやって握りしめてこんなに間近で見つめることも出来る。

「手相でも見てンの?」
「ううん、ただ綺麗だと思ってるだけ」
「……さっきからなンすか?」

うんざりした音を耳元で聞いて。
だけど、今はその音を聞いても笑ってその指先に唇を押し付けられる。
こう言う時だけは頬に触れて、欲しいと思ってるキスを貰えることも。
私に触れる手はカップを置く時と同時に正確さと静かさを持っていることも。








― あなたを描きたいの

それは決して誘いの文句のつもりは無くて。
だけど、それと同時に同じくらい期待していたのかも知れない。
部屋のドアを閉めて、まずしたのは、されたのは距離をつめること。
間近で見る瞳の色に見惚れている間に、あの指先で頬に触れるから。
経験なんて無かったのに、不思議に瞳を閉じていた。
唐突すぎて、まるで夢の中で嵐にあっている時のように。
その時間はあっさりと私の上を通り過ぎて行った。














「…ヤる気が無いンすね、分かった、もーヤめる」
「あー!待って、斗南さん待って!」

最初の頃はソファーで抱き合う事が多くて、それをこの人が好むから『ベッドがいい』なんてそんな事すら言えずにいた。
それでもソファーでするのが減ったのはリビングで危うく無道さんに目撃されそうになったから。
『教育に悪い』なんて言えば私から2メートル離れたまま『じゃあ、ヤめる』なんて部屋を出て行くから。
(斗南さんの家にポツンと置いて行かれて、同じように途方をくれた顔をしている無道さんと仲良くなったのは今考えれば当然の流れの気がするの)

「…ベッドがいい、かな」

それでも、今は肩を軽く軽く押し返してそう言葉を投げてみて。
キャッチボールは昔よりもずっとずっと上手くなったと思っているから。

「……運ばねェから」

…ほら、ちゃんと私が受けとりやすいように言葉を投げて。
それから、あの丁寧な指先で私のシャツを引っ張るから。


「…もちろん」





― 覚えてる?

なんて問いかけないのはそれが今に関係なくて。
だけど、尋ねたらきっとちゃんと答えてくれるはず、と信じてるから。
投げるように掛けられる言葉も丁寧な指先も変らないけど…。

「…来ないンすかー?」

強くシャツを引いて、その指先とシャツからのぞく手首を見つめた後、笑う瞳を見つめ返せるようになったのは私たちにとっては進歩だから。

「…行きます」

キスで笑みを塞いで、あの頃も今も変らないのはただただ彼女がそうである事。












…彼女はずっと、私にとってかけがえのない人。



END
(13/12/22)

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