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□最低で最悪な『I Love You』
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【最低で最悪な『I Love You』】







― …なにも与えられないから












― 無道さん、今夜は来ないから

…なんて、なんつーベタな誘い文句。

「はァ?」

それでもすっ呆けて、散々回ったアルコールを更に上乗せして。
新しいグラスとグラスの中身を取りに立った女の後姿をバレないように見つめる。
揺れる髪と細い背中とその下の緩やかな曲線をジロリとなぞって。
通りすがりなら、一晩のお相手なら、昔の自分なら、きっとその気にさせられるのは簡単、と。
考えた後に襲ってきたザイアクカンはたぶん気の迷い。

「久しぶりかも」

振り返った女のグラスに入った代物に呆れて、どんだけ飲めばオちるのか。
オちる、の意味が自分でもあやふやで。

「…何がっスか?」
「こういう駆け引き」

ぽすん、と隣に、すぐ隣に座るから。
肘の当たる距離をさらに詰めて来るにやけたフリの瞳を見つめ返す。

「相手が私の後姿を見つめてるのに気付いてるけど気付いてないフリとか」
「あんたのケツならそりゃ誰でも見んだろ」
「無道さんは見なかったけど」
「背中に眼でも付いてンすか」
「振り返った瞬間に分かるの」

カツン、とグラス同士がぶつかる音に反射的にグラスの中身を飲み干して。
喉を焼く感触に瞬時、眼を瞑る。
…瞑った瞳でも、肩にかかる重みと首にかかる息で距離を縮められたことは分かって。

「振り返った時に視線が動くから」

抗議の意味を込めて至近距離の瞳を睨めば、なぜかグラスを取り上げられる。
アイツの色恋沙汰はアイツの自由だから。
そう割り切って放置出来ないのはアイツのせい。

「…アイツ、女を見る眼ほんっとにサイアクなんだよ」

グラスと、この女の唇と。
触れるだけなら、酒の味がするって共通点はソコだけ。

「無道さんの視線は動かなかったの。振り返った瞬間から私の眼を見て蕩けそうな顔で笑ってた」

腑抜けた顔は見知ってる。
きっと上条の前で笑ってた時の顔と一緒で。
キスした後に人の唇の上で囁くように言われるのはどー聞いてもノロケで。

「…上条さん、一度も恋人紹介されたこと無いって言ってた。私が始めて、って」
「ショーカイ出来るようなまともなのが今までいなかったンすよ」

腑抜けた顔を思い返してみて、目の前の人に寄りかかってる女はアイツの相手だと思い出す。

「無道さんの女性遍歴、気になる」
「アイツに聞け。…まあ、話さねーだろーけど」
「…さっきの言葉、斗南さん聞かなかったフリしたでしょう?」

『さっきの言葉』の差すモノを考えて、最初のベタな誘いだと思い当たる。

「あのガキと女をキョーユーする気は無いンすけど」
「面白くないですか?同じベッドで同じ女と、って」
「シュミ悪っ」

アイツの女なんてサイアクで、何時だってサイアクで。

― 何で、ンなのばっか選ぶ?

それでもそう問いかけ無いのはアイツ本人が無自覚だろーから。
『愛してる』と言われたら、誰かに必要とされたら、きっとアイツはそれを『愛されてる』ってコトと勘違いしてる。

「…抱く時の顔って似てます?」
「似てねーし、アイツと同レベル扱いされっのは気にくわねー」
「試してみないと分からないと思いません?」

『愛してる』も『必要だ』も言わないこの女に執着してる理由が自分自身で分かるくらいにはあのガキだって育ってて。
…むしろ、ガキなのはあたしやこの女の方なのかも知れない。
怯えて逃げ出してるあたし達の方がよっぽどガキなんだ。

「…さっきキスしたっしょ?」
「……キスだけじゃ嫌」

囁く音に、こんなのにヤられればそりゃーあのガキなんて脳みそまでドロドロにされるに決まってる、なんて納得して。
…ロクでもない女ばかり選ぶから、コッチは後始末が大変なんだよ。

「…今回はアイツに刺されるかも」

アイツとの間接キスは気持ち悪くて、酒の味のソレはグラスだと思い込むことにする。
グラスのクセに甘くて甘くて、眼を瞑ってしまえばソレはただドラッグ並にクるから。

「…大丈夫ですよ」

それでもまた唇の上で囁くから、薄く眼を開けば濡れた瞳が見えて。
その濡れた瞳が恍惚とした光を湛えてるから。

「きっと無道さん、斗南さんじゃなくて私を恨むと思うから」

…その光が今のこの行為にじゃなくて。

「……それって、ぞくぞくしません?」

裏切られた、と知った時のアイツの顔を思い描いてるからだ、と。






「指輪付きもアイツ殺そーとシたのも見てきたけど……」

怯えて臆病になって相手を傷つけて。
…それが自分にどれだけ跳ね返ってくるか分かってヤってんなら。

「きっとアンタが一番サイアクだ」

傷付かない為の防御策なんて、ただの自傷行為に過ぎない。

「……だって」

アイツのサイアクな女にこっちまで振り回されて、後始末させられんのにはうんざりして。
そう言えば『誰もそんなの望んでません』なんて、生意気に言うんだろうけど。

「愛情は一生続かなくても憎しみは一生続くでしょう?」

だから、コレは後始末じゃなくて。
今からのコレは後始末でも欲情したからでもアイツらを傷つけたいワケでも無くて。







「…お付き合いシます」






サイテイ・サイアクな『I Love You』しか言えないこの女に同情したから。





















…アイツはあんた以外のモンなんて欲しがってない、ってのに。



END
(14/01/30)

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