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□Good Old Days
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【Good Old Days】









6才の頃も12才の頃も15才の頃も18才の頃も今はもう。










「あ」

その声は微かに耳に届いたけど、今夜はどうやって過ごそう。
そんな事を考えていたから、それでも足は馴染みの店へと向かいながら。
(そろそろこの馴染みの店も変えないと追い返されそうだけど…)

「紗枝!」

だけど、聞こえたのは自分の名前で。
一晩限りの相手には偽名しか教えてないからその名前を呼べるのは本当のお知り合いだけ。
聞こえなかったフリをしようか…、そう考えて。

「聞こえねーフリしてんじゃねーよ」

だけど、その声と親しみを含んだ口の悪さには覚えがあった。

「…玲」
「よぉ」

過去の亡霊、なんて呼べば大袈裟すぎるけど。
一息に昔々、子供だったあの頃に私を引き戻したのは確かにこの人。

















― 玲だから

無条件にただそれだけで、信じたのなんて。
無条件にただそれだけで、隣にいたのなんて。
きっと、この人だけ。





「…出会ってすぐに部屋に連れ込むなんて玲さすがに手が速いわね」
「誰がだよ。お前があたしが行こうとする店、全部嫌がるからだろーが」
「だって、出入り禁止なんだもん」
「はぁっ!?」

色の無い部屋に、色の無い飾りに変ってないと笑って。
だけど、色の無い部屋にぽつんと飾られた花に笑えない気分になった。

「何、飲む?」
「あるもので」

シンプルなシャツもその下の肉体も短く切られた髪も優しい瞳も変らないのに。
どうしても消えなかった鋭いあの空気だけが消えていて。
消えた理由は何なのか尋ねようにもその答えは知っていて。
…消えた理由はきっと私が玲の前から消えたから。

「ほら」
「…ありがとう」

昔ならきっと追及して追及して追い詰めて真っ赤になるまで問い詰めて、からかっていただろうけど。
渡された、玲に似合わないピンクのカクテルには何も触れないまま。

「玲、変らない」
「紗枝は綺麗になった」

さらり、と吐き出された言葉にもうすでにこの部屋に来てしまった事を玲に出会った瞬間に走って逃げなかった自分を後悔し始めていた。

「今、なにしてんだ?」
「玲とお酒飲んでる」
「そういう意味じゃねーよ」

私のはぐらし方も知っていて、それに呆れながらそれでも受け流してくれる優しさも変らなくて。
晴れたあの日、青空の下で逢った最後の瞬間を思い出す。

「紗枝、連絡しようにも携帯番号変えてるし。お前の妹に聞きゃー『教えない』とか言われるし」
「携帯、無くして新しいのによく変えるから。だから、玲の番号も私知らないわよ」
「あいつには教えてあるけど」

責めるようなあの子の『玲からまた連絡が入ってる』って電話も最近は無くなって。
その度に何度も番号を口にするから、本当は頭の中にその番号はずっと残ってて。

「…おかわり、次はもっと強いのがいいんだけどな」
「うちにはそれより強い酒はねーよ」

今度渡されたのは玲と同じビール。

「玲、お酒弱いの?」
「紗枝はその調子だと強そうだな」

あの頃、冗談半分にお酒を口にすることもあって。
あの頃から『酔う』って感覚は鈍くて。
ただ、ただ、お酒の所為にして………。

「…あの頃は弱かったはずだけど」

お酒の所為にして、玲と。

「……あの頃も今も弱くなんて無いわよ」

何かの所為にして、拙い誘惑で、そうした。


最後に逢った18才のあの日、玲はまだ17才で。
私は18才の誕生祝いすらせずに、だから私の中でずっと玲は17才のまま。


「…知ってた」


…こんな風に大人の瞳をする事を知らなかった。





「…帰るわ」

重い空気は嫌いで、重い関係にはうんざりしてるから。
私はただ楽しむだけの相手が欲しいの。
後腐れなく、ただ、それだけの相手が。
…玲とは絶対になれない関係が、今の私には必要だから。

「逃げんなよ」

距離の縮め方のスマートさや腕を掴む手が力任せじゃない事や。
今の玲となら、そう出来るかも。

「今更…」

目の端に入った色鮮やかな花と玲の瞳を見比べて。
あの花を飾った人は趣味がいい、とそんな事を考えてた。

「今更、私とどうしたいの?」

するり、と抜け出し続けてきた腕の中にあっさりと捕まって。

「…紗枝は?」

…酔うにはまだ早いから、酔ったフリすら出来ない。

「…ばか」

きっと今の玲なら聞かなくても分かってるはず。
そうしたいか、したくないか。
それだけで考えるなら、私の答えなんて…。






だって、お互いに17才のままじゃいられないから。






    
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