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□腹筋ハンニバル
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【腹筋ハンニバル】
CASE3:神門×静馬
深夜のノックの音だけであいつだと判断出来るようになったのは自分でも凄いと思うけど。
むしろ、調教されてる気がする。
上手いようにあしらって好きに躾……って、んなの刃友だけで十分だ。
(別にあたしはあいつに調教されてるわけじゃねーけど)
「泊めて」
「は?」
何時までたっても久我が帰ってこないのは何時もことだから気にもせず。
だけど、深夜にこいつが現れるのも珍しい。
(パジャマ姿は見慣れなくて思わず顔が強張ったのはニヤけるのを誤魔化すため)
「泊めて、ってお前…」
久我にはあたし達の関係は内緒のはず(むしろ、ちゃんと公開している相手の方がいない)こいつがここにいる理由を一体何と言って説明するつもりなのか…。
「『今晩だけ部屋代わってあげる』って言ったら泣いて喜んで代わってくれたよ」
「ああ…」
あのエロ忍者なんぞあいつの手にかかれば一発で調教される、なんて。
あいつの心配をする前にそれよりも自分の心配をした方がいいのかも知れないけど。
「まあ…、んじゃ入れよ」
部屋のドアの前で話してても通りすがりの人間は久我を訪ねて来た、ってそう思うだろうけど。
あまり人にジロジロ見られるのは気に食わない。
(だって、こいつのパジャマ姿は無防備すぎる)
部屋に入ってちょこんと座る夕歩を横目に共有の冷蔵庫を開ければご丁寧に『姫さま用』と書かれたミルクティーの缶があるから1本拝借して。
「ほら」
「ありがと……」
「あ、ちょっと待て」
渡す途中で思い止まってもう一度ミルクティーの缶はあたしの手の中に。
ぷしゅっ、と飲み易いように開けてから渡しなおせばなぜか睨まれる謎。
「…んだよ?」
「子供じゃないんだから」
「何かしてやりたくなんだよ」
いい迷惑だ、と言われればそれまでで。
自分で出来ることは自分でするくらい当たり前で、むしろ出来ないことですら自分でしようとするヤツだから。
だけど、恋人として甘やかしたくなるって言うあたしの気持ちも分かれよ。
「久我だって同じことすんだろ」
「順ならコップにまでいれてくれるよ」
…そうだった、あいつはそこまでするよな。
両手で缶を抱えて飲む姿にまた顔の筋肉を強張らせて。
「寝る前に歯磨けよ」
「…玲」
「ん、悪かった。今のは確かにガキに言うみたいだった」
甘い甘いミルクティーの香りと味のする唇に一瞬だけキスすれば眼を丸くするのはあたしのそんな行動が珍しいからか。
(催促されなくったってあたしだってしたくなりゃーする)
(……いや、したいのは何時でもしたいんだけど)
歯を磨き終わった夕歩がもぐりこんだのは久我のベッドじゃなくて案の定あたしのベッドで。
膝を曲げて丸くなった夕歩の隣に同じようにもぐりこむ。
仰向けになればベッドの端にギリギリで、落ちないように中心にずれれば夕歩がいる。
「狭いな」
「…狭いね」
するり、と引っ付いてくるから仰向けのまま腕の中に夕歩を抱き寄せて。
人の肩を枕にするから髪があたってくすぐったい。
空いた手の平でその柔らかい髪を撫でればする甘い香りに眼を閉じて。
…こいつからは何時も甘い香りがするけど。
気付かぬうちに、自分でも眠りに落ちていると言う自覚も無いうちに眠って……だけど、それが来たのはたぶん眠ってからそう経たない頃。
バッチーンッ!
「いってぇーっ!!!」
腹に感じた痛みに思わず飛び起きれば………なんでか涙目の夕歩に睨まれる。
(いや、もう睨まれんのは何時もの事としてなんで涙目なんだよ!)
「…私も痛かった」
シャツをめくれば真っ赤になった腹と、そう言いながら差し出された真っ赤になった夕歩の手の平と。
「…一体、何したんだよ?」
…寝起きの頭じゃ把握するのに時間がかかった。
とりあえず冷蔵庫からまたミルクティーの缶を出して赤くなった夕歩の手に握らせる。
(それにも律儀に『姫さま用』の文字)
もう一度シャツをめくって自分の腹を見れば紅葉……てか、夕歩の手の形に赤くなってるし…。
「玲のお腹、硬い……」
「…褒めてんだよな、それ」
「…硬い」
「んな、不服そうに言われても」
まあ、あれだ。
予想するに寝ちまったあたしの腹をなぜか夕歩が手の平でおもいっきり叩いたってことだな。
……肌が赤くなってるってことはわざわざシャツめくったって事か、こいつ。
「だって」
ふくれるお姫様(そう呼ぶとその後口をきいてくれなくなるから口にした事は無いし、んな気障なせりふをはけるほどあたしは大物じゃない)はそう言って、今度は冷たい缶をあたしの腹に押し付けるから喉の奥で変な悲鳴がもれる。
「私が隣にいるのに玲、あっさり寝ちゃうし」
「…それは悪かった」
「お腹触ってもいびきかいて寝てるし」
「…触ったならその時点で硬そうだ、って思わなかったのかよ」
「思ったけどそこまでだとは思わなかったの」
寝てる恋人の腹に触る、って……いや、胸じゃないだけマシか?
胸だったら飛び起きてたか?と聞かれれば自信は無いけど。
それは夜這いだ、と口にするのは違う気がするし。
(それで喜んでるなら問題は無いはずだ)
(こいつ曰く『和姦』ってヤツだろうし)
「……手、まだ痛いか?」
とりあえず気になるからその手を引き寄せて、そこからはもう赤みは引いているからホッとする。
…キスで癒せるなんて思ってもいないけど、そこに唇を押し付けたのは無意識で。
(手の平にするキスは何を示すんだったっけ?)
(…思い出せねー)
「……今ので痛いの治った」
んな可愛い言葉を落とされれば顔の筋肉を強張らせるのすら間に合わずに、自分でも情けなくなるくらいのアホ面をさらすはめになる。
「玲は?」
「あ?」
「お腹」
「ああ…」
正直に言えばまだズキズキとはする、見て確認すればまだ赤いし…。
「まあ、痛いのは痛……って、何するつもりだ、お前は!?」
まだ赤くなっている皮膚の上、そこにかかる夕歩の息にそこの筋肉が硬く硬くなっていくのが自分でも分かって。
「何って…」
そこはひりひりすんだよ!なんて言葉もはけないまま、硬くなった腹筋に触れたのは夕歩の唇。
「…さっき玲がしてくれたみたいに痛いの治してあげようと思って」
とっさに大きく開いた口を慌てて閉じて、だけど何度も腹に触れる柔らかい感触に叫ばなかったのは理性とかでは無く、あまりの事に声がでなかっただけ。
「ちょっ!待て!夕歩っ!!」
「…最初からこうしてれば良かった」
何だか不穏なことを呟きながらキスを繰り返す頭に触れても押し返すことなんて不可能で。
せめてもの抵抗に楽しそうにキスを繰り返す顔を見ないように瞳を閉じて、不意に思い出したのは手の平へのキスの意味。
― 意味は……懇願
…今のあたしはきっとその手の平にキスを繰り返してこう叫ぶしかない。
これ以上、煽るのは止めてくれっ!!!
こっちだってタイミングをはかってんだから大人しく待ってろよ…。
…愛情なら手の平にキスして懇願しなくても、たっぷり貰ってんのは知ってるから。
END
(14/07/10)