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□凶器
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【凶器】



…最近同室になったばかりの先輩がさりげなく触ってきます。







順曰く『羨ましい!』もとい『気のせいじゃないの?』って。
私も最初はそう思ってたけど。



気付いたのはふとした瞬間、私からティーカップを受け取る時に触れる指先から。
何かを手渡す度に、手渡される度に指先が私の指先や手の平に触れて。
気にし始めるとそれは著明になって。
乱れた髪をなおしてくれる指先だったり、出かける時に肩を軽く叩く手だったり、隣に座ってテレビを見ている時に気づけば手の甲と手の甲が触れてたり。
…順じゃないけど、やっぱり気のせいなのかも知れない。
自意識過剰になってるだけで、こんなの『触れてる』にも入らない接触。



元々、こういうスキンシップを好む人なのかも知れない、と順の同室者に尋ねれば不思議そうに首をかしげられた。
そして、一人で納得したみたいに一つ頷くと何故か気の毒そうな顔。

― あいつのやる事には全部意味があんだよ。お前、とんでもないのに気に入られたな

気に入られたのなら、それは喜ぶべきで。
同室者とはそれは友好的な関係を結びたいと思うのが普通。

「静馬さん」
「…何ですか?」

返事を返せばまた、細い指先は私の髪にのびてきて乱れた髪を整えてくれるから。
『優しい先輩』は順以外にも羨ましがられて当然。
……どこかの人の肩に噛み付きたがる先輩とは大違いで。

「静馬さんがよければなんだけど…」

細い指先が髪から頬をなぞって顎から首筋、そして肩へと。
触れるか触れないかの感触は逆にその動きを意識させられて、自分の自意識過剰さに恥ずかしくなる。

「…それ、治療しましょうか?」

とん、と軽く。
だけど、一瞬だけ強く指先で押したのは噛まれた左肩の方で。
何で知ってるの?と驚くのと同時に、この人の勘は鋭いから、って。
(「噛まないの」そう言えば余計に嫌がらせのように肌に歯をたてるあの先輩は猫みたいで)
(…噛んだ後は癒すみたいにそこを舐める癖に)

「いえ、皮膚は破れてないんで」

食い千切る勢いで噛み付いてきていた最初と違って最近では皮膚が青くなっても破られるまでは無いから。
ギラギラした目をして狂気をまき散らして、だけど、頭を撫でて頬を撫でて躾ればこうやってちゃんと覚えるから。
(飼いならすことは出来なさそうだけど)
(…今は未だ、ね)

「そう?」

肩に触れていた指先が離れて、その膝に戻るのまで見届けて。
柔らかい笑顔とその指先を見比べて。
恋愛にはタイミングと勢いが必要だ、と。
少しのタイミングのずれで私の肩に痣があるか、無いのか。
それは決まってたはずだから。

「祈さんは……」

恋愛は戦いだから、それを勝ち抜くには武器が必要で。
刀1本で勝ち抜ける程、単純でも無いから私だって途方にくれる。

「…優しいですね」

私から触れてみた指先は一瞬だけ逃げようとして、だけどそのまま。
笑う瞳は私から逸らされず真っ直ぐに見つめてくるから。
…むしろ私に必要なのは戦うための武器じゃなくて、止めを刺すための凶器。

「本当に優しかったらこんなことしないと思うけど?」

指先だけじゃなくて、その手の平までしっかりと私の頬に触れて。
親指でなぞられる唇にくすぐったいと顔を顰めて、だけど目は逸らさずに。
握った指先を少しだけ引っ張ってみる。



…さりげなく触れるだけのそれに物足りなくなったのはどっちだろう?








『狂気』が凶器のあの人と『優しさ』が凶器のこの人に、どうやら私は…。

















…どっちの『凶器』に息の根を止められるのかは、未だ分からないけれど。





END
(14/09/01)

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