【1】

□Why so serious?
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【Why so serious?】






その気がないなら、そんな言葉は言うべきじゃない。





「夕歩は可愛い」

真面目なのに口元だけが笑ってると言う器用ことをしながら、今日も静馬のお庭番は主張する。

「そう」

短く答えて相手にはしない。
窓から顔を覗かせるお庭番を突き飛ばしたい気分ではない。

「なに?その気のない返事ー。うちの夕歩のきゅーとさがあんたにはわからないと!!」

……今、突き落としたい気分になった。

「しつこいくらいに同じ話を聞いて、その度に新しいコメント考えろって言うの?」
「夕歩についてならあたしは毎日コメントをぎっしり出来ますが」
「一人でやって」

誰もいない部室の片付けをする為に背を向けて。
しばしの時間をおいて振り返れば、薄暗くなった空を背負ったままお庭番はまだ窓の外にいた。

「……まだいたの?」
「うっわー、その嫌そうな顔」

−入ってくれば?
そう言えば喜び勇んで窓を乗り越えてくるのはわかっているからあえて言わない。
−何があったの?
そう問えば嬉しそうに夕歩との出来事を語りだすだろうとわかっているから尋ねない。

「聞いてよー、あんたくらいしかあたしの話聞いてくれないんだもん」

それでも、背中にまたぶつかってくる言葉には端々に幸せがにじんでる。
……自分の恋する相手の魅力を話すのはそれは楽しいことでしょうけど。

「何で私が聞かなきゃいけないのよ」
「そう言いながらあたしの話を聞いてくれるとこが染谷のいいとこだと思うんだよね」
「"あなた"の話じゃなくて"夕歩"の話でしょ?」

窓際まで近寄って、夕暮れの空を背負ったままのお庭番の顔を見下ろす。
"夕歩"の話は聞きたくない。
それでも私がなぜ話を聞くのか、全くこの人は理解してない。

「あたしの話と夕歩の話は=でしょ?」

首をかしげて、自分の発言の意味も私の言いたかった意味も全く理解しない。

「偶には夕歩以外のこと話せないの?」
「夕歩以外?あ、綾那の最近のゲーム事情とか?」
「そんな事、私が聞いてどうするのよ?」
「元嫁としては気になるところかと」
「余計なお節介よ」

ため息と共に吐き出して、それでも『聞いて、聞いて』と尻尾をふる窓際のお庭番に今度は違うため息が出た。

「…そこまで素敵だ、って言ってくれる人がいる夕歩は幸せなのかもね」
「お、染谷いいこと言うじゃん!」

つい口をついて出た言葉にまた幸せそうに笑うから。

「私も偶にはそのくらい言って欲しいかも」

……冗談に乗せて本音を呟いた。

「あー、無理無理」

それなのにニマニマ笑ってぱたぱたと手を振るから、さすがにムッとくる。

「私には語る程の魅力もないって言いたいの?」
「違うって!じゃなくて、綾那がそういう台詞言うのって想像付かなくて」
「……私は別に綾那に言って欲しいなんて言ってないわよ」

精一杯の主張と否定はだけど……

「うんうん、そうだね」

『わかってますって』と言いたげなニヤニヤ笑いにかき消される。
それは勘違いだ、と否定することも出来ず思わず口を紡ぐと順のニヤニヤ笑いはますます濃くなる。

「その笑い止めて」
「はいはい、だけどさ……」

口元を引き締めて、だけどやっぱり目元と唇は笑ってる。
その顔で窓枠にぶら下がったまま、人の顔を真っ直ぐに見つめてくるから目を逸らせなくなる。

「例えばさ、澄んだ瞳とか」
「…………なに?」
「冷たくて優しい声とか、褒めるところはたっくさんあるのに」

真っ直ぐに私の顔を見ながらに言うから誤解しそうになった。
この人の褒める相手は私ではない人……のはず。

「それ……夕歩でしょ?」
「いやいやいや、夕歩じゃなくてあんた」

びしっ!と人の顔を指さして。

「『そう』とか『だから?』とか言いながら、だけどあたしの話ちゃんと聞いてくれるでしょ?」

いつものニヤニヤ笑いとは違う顔で笑うから。

「冷たくする癖に優しいから聞いてくれるんだよね」

まるで夕歩の事を話している時みたいに屈託の無い顔をして笑いながら。

「あたし、あんたのそういうところ好き」

あっさりと口にするから………呼吸が止まった。
止まる呼吸とは正反対に鼓動はうるさいくらいに大きくて。

「な……」

いつものようにあしらえばいいだけなのに………声が出ない。

「……染谷?」

訝しげに名を呼ばれて、なんとか意識が正常に近くなる。

「そ、それは夕歩に言うべき言葉でしょ?」
「は?」

聞き返す顔がきょとんとしていて。
自分の声が必要以上に冷たくて。
頬が紅潮していくのが自分でもわかった。

「いやいや、なにマジになってんの?染谷」
「マジになんかなってないわよ」
「いや……それならいいけど」

不思議そうにまたかしげられる首は見ずに背中を向けた。
ちりちり、と。
何かが背中にぶつかる。
そんな気がするだけかも知れないし、実際に誰かの視線がぶつかっているのかも知れない。
だけど、振り返って確かめることは出来ない。

「………暗くなってきたね」

闇夜を背負ったお庭番の声が耳に響く。

「…そうね」
「んじゃ、そろそろ帰ります」
「…そうしなさい」

振り返ればいいのに、振り返れない。

「またね、染谷」

背中にぶつかった言葉は拾わずに、背後の気配が消えるのを感じて。
…………それから静かに頭を抱えた。

「もう……馬鹿っ…」

呟く声が震えてて。
手の平で押さえた頬が熱くて……ますますパニックに陥る。
−なにマジになってんの?

「………そんなの私が聞きたいわよ」

呟いた声はあの人が好きと言ってくれた冷たくて優しい声?










その気がないなら、そんな言葉は言わないで
………本気にしたらどうするの?



 
END
(11/10/01)

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