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□turn the tables
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【turn the tables】




今はあなたの指先一つに翻弄される。



「………!」
「なに?そのゴーストでも見たような顔。そして、それに引き続き嫌そうな顔は……まあいつものことか。はい、あげる」

ガサガサと音をたてて袋を差し出すから反射的に受けとって。
中をのぞく前にもう一度彼女の言う『嫌そうな顔』でその顔を見つめる。
本心を隠すための条件反射は自分でも可愛くないとは思うけど。

「夕歩に買って行ったらさ」

『可愛くない』
そう口にはせず、むしろこの人は私の表情なんて見てないのかも知れない。

「増田ちゃん…あ、ルームメイトの子ね、とざっくりスイーツタイムだったんだよ。しかも、コンビニスイーツじゃなくてちゃんとしたヤツ!」

悔しそうに言いながら、なぜか楽しそうに笑ってるから『増田ちゃん』とやらは順の中では恋敵に入っていないらしい。
その呼び方から親しいこともわかるし。

「て、ことでここに参上しました」

人の部屋の前に現れた理由を当然の事のように説明するから、彼女の言う『嫌そうな顔』で袋の中を確認する。

「……二つも貰っていいの?」
「No Way!!なに言ってんの、一つはあたしの!」
「じゃあ、どっち貰っていいのよ?」

袋の中にはプレーンとチョコのロールケーキが二つ。
貰う身としては我が儘を言う気はない。

「どっちも」
「どういう意味?」

聞き返しながら『綾那と食べればいいのに』と言う考えは口にしない。
綾那より先にここに来たのか。
それとも綾那に断られた後、最終的にここに辿り着いたのか。
尋ねて落ち込むはめになるのは嫌だから。

「どっちの味も食べたいから二人で仲良く半分ずつ食べよーよ」

………綾那に断られた可能性の方が高そう、と言うことは考えずにおいた。





「食べたいならどっちも一人で食べたらいいでしょ?」
「なに?何でそんな怒りながら言うわけ?」

部屋の中央にあぐらをかいてどっかり座って、不思議そうに首をかしげるから慌てて順にバレないように呼吸を整える。

「一人で食べたら太んじゃん」
「私はそれの巻き添えなわけね」
「コーヒーぷりーず。染谷、コーヒー」
「人の話を聞きなさい」

プラスチックのスプーンを口に咥えて、いそいそと封を開けてる人を見下ろして。
部屋の中、二人きり。
……今更そう気付いてしまった。

「インスタントしかないわよ」
「んー、それで充分」

…馬鹿馬鹿しい。
頭の中で自分自身に言い聞かせて。
けれども、意識すればするほどに指先が震える、心が痺れる。
…逆?
指先が痺れて心が震えるもの?

「ありがと」

コーヒーの入ったカップを手渡して、その前に座ると差し出されるスプーン。

「ん、半分食べた」
「………何で私があなたに食べさせてもらわなきゃいけないのよ」
「ほらほら、あーんしてごらん。あーん」
「コーヒー取り上げるわよ」
「相変わらず冗談通じないんだからー」

からかいの言葉は無視して順が食べてない方、チョコ味の袋を開けてスプーンで口に運ぶ。

「二人分310円で堪能できるスイーツ。あたしわりと好きなんだけどな」

プラスチックのスプーンを咥えたまま物欲しげな顔で見つめてくるから、半分食べ終えた分を手渡して自分も受けとる。

「それにさ、一人で食べるより誰かと食べた方が美味しいじゃん?」
「あなたの場合、夕歩と二人で食べたかったんでしょ?」
「夕歩の所だともれなく三人だけどね」
「三人?…ああ、夕歩のルームメイトね」

口にしてみて……不意に違和感を感じた。
どこかに引っかかりながら、だけどその違和感ははっきりとした形をとらない。

「…ご馳走様でした」

しっかり手を合わせて、満足げにコーヒーを飲んでいる人に頭をさげる。
いつの間にか距離が縮まっていたみたいで膝と膝があたりそうになっていたから少しだけ体を引く。

「こっちこそお付き合いありがとうございます」

指先はもう震えてない、心も痺れてない。
だけど、楽しそうに笑ってる顔を見ていたらつられそうになってしまった。
膝すら触れない、指先すらかすりもしない。
本命が駄目だったからここに来ただけ。
……それでも、その顔を見てるとつられて幸福になってしまう。

「……珍しい」
「なに?」
「染谷があたし相手になんか可愛く笑ってる」
「………いいから用事がすんだなら早く帰りなさいよ」
「食べたら食べたですぐに追い出すとか染谷ひどーっ!」

大袈裟に悲しそうなふりをしながら、それでも順は本当に立ち上がる。

「まあ、付き合ってもらえただけでも良しとしますか」

…………あ。
『帰るの?』
そう口に出せるなら、私はたぶん私じゃなくなる。
『まだ側にいて』
そんな事は思ってないはず。
それじゃ、……心乱されている自分を認めることになる。

「また付き合って」
「気が向いたらね」

小さく手を振って出て行く背中を見送って。
そのままドアをしばし見つめて……ああ、心ならとっくに乱されてる、と認めと頭を抱えたくなる。
カップを洗って、ゴミを捨てて、あの人がいたことも忘れよう。
きっと何度も何度も楽しそうに笑うあの顔を思い返してしまうと解っていても今は忘れよう。
それでも………拾いあげた袋の中に入っていたそれを見てまた心乱される。
さっき感じた違和感。
コンビニのレシートを見つめて、勘繰りすぎだと自分自身に苦笑する。
だけど、これを買った本人に尋ねたらどう答えただろう?

「…何で二人分しか買ってないのよ?」

二人いると解ってる部屋にあの人が二人分しかスイーツを買って行かないなんてことあるだろうか?
自分の分は……もちろん買ってるはず。
ルームメイトはいないと思った?
……無い、あの人ならいる可能性の方を先に考える。
ああ、止めて。
誰と食べる予定でいくつ買ってもそれはたぶん私には関係ない。
夕歩に順が来たかどうか明日にでも聞いてみれば……聞いてどうするつもり?
自分で解っている、決して夕歩に尋ねることは出来ない。
そしてあの人に尋ねることも出来ないだろう。
ほら、些細なことに振り回されて心が言うことを聞かなくなる。
期待なんてしたくないのに、馬鹿な妄想になんか囚われたくないのに。
深い意味なんて無いのに勘繰ってばかり。
あなたの指先一つに翻弄されて身動きがとれなくなる。
だけど、もし尋ねたら何かが変わる?

−……本当に夕歩と食べる予定だったの?








答えが『NO』だったら………私はどうするつもりなのだろう?






END
(11/10/01)

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