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□Isn't she lovely
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【Isn't she lovely】



…彼女は全くもって可愛くない。



彼女のすばらしさについて語るのならば、それはたぶんあたしじゃない。
染谷だって語っても欲しくないと思うし。
ビジュアル的な意味ならかなりストライクなんだけどね。
プリティーな女の子をあたしが嫌いな訳がない。

「今のこの世の中さ自分の気持ちを言わないっていうか、沈黙の美学的なのがあるじゃん。それが過大評価されてる的な」
「本当に沈黙が美学ならまずあなたにそれを実践して欲しいわね」

冬の朝の空気みたいに凜とした冷たい声。
ひんやりと指先から染み渡ってくる。

「まーた、あたしがおしゃべりみたいに言う」
「実際その通りでしょ?」

一人でいる彼女を見つけると話しかける習慣が出来たのはいつからか。
隣にもれなくいたあいつはたぶん部屋で転がってゲームでもしてる。
話しかける習慣は隣にあいつがいない染谷を見かけるようになってから。

「染谷が聞き上手だからついつい喋りすぎちゃうんだよ」

ほんとはさ、喋りたいんじゃなくて聞いてあげたいんだけど。
あたしにとっては沈黙は美学ではなく、苦痛でしかない。
彼女との沈黙は胸が痛くて痛くて仕方ない。
なるほど、だからあたしは染谷といるとくだらない話をダラダラとしてしまうのか。

「よくもそんな調子のいいことばかり息をするように言えるわね」

くいっ、て。
呆れた顔をする時に器用に片方だけ上がる眉を見つめて。
その下の瞳を見つめて。
体中を支配する感情には気付かないふりをする。

「順さんの唇は息をするのと真実を語るのとキスするためにあります」

おっと、最後のは余計だった。
ってのは、今度は両方上がった眉を見て感じる。
露骨に機嫌悪そうに顔を背けられたから、最後のを実践するならその唇がいいな、なんて横顔を見ながら思った。
………うん、世の中の矛盾。
染谷ゆかりと言うのは人の顔を見ると嫌そうな顔しかしない全くもって可愛くない女の子なんだから。
なぜ、あたしが可愛くないと常々思ってる女の子にキスしなきゃいけないの?
あたしがする前に相手に思いっきり拒絶されるってのはまあ置いていての話だけど。

「さっきのは訂正するわ。あなたの唇は息をするように嘘をつく」
「キスをするように嘘をつく?」
「キスはしなくていいわよ」
「なんかこの会話エロくない?…………て、待った!ごめん、待ってって!!」

無言で立ち去ろうとするから慌てて腕を握って………今度は慌てて離す。

「のー!今のはセクハラじゃない!」
「まだ何も言ってないし、あなたが私にセクハラする理由無いでしょ?」

見上げてくる瞳は見ずに正直そうな唇を見つめて。
きっとあたしのと違って染谷の唇は真実しか言わないんだろうな、なんて。

「確かにあたしの唇は嘘つきかも。おー、なんかやっぱセクシャルな感じしない?だって、唇で嘘をついても体は正直みたいな」

いつもの凛とした声で。
冷たくて優しい声で『馬鹿』って言ってくれるのを待ってたのに。
何時までも聞こえてこないから、視線を少しだけ上にずらすと染谷の目は真っ直ぐにあたしの目を見てた。

「なに?」
「………あなたの瞳は正直?」
「は?」

質問の内容よりもその声音に意識を奪われる。
あたしが好ましく思ってるいつもの冷たくて優しい声じゃなく、なんて言うか……火にあぶられてるみたいな掠れた声。

「唇は嘘つきでも瞳は正直?」
「またまた、なんかエロいよその質問」

冗談で誤魔化して、だけど耳からは聞き慣れないざらざらとした染谷の声が離れない。
ああ………こんな染谷の声聞くのはごめんだ。
何のために自分に言い聞かせてるのかわからなくなっちゃうじゃん。
−染谷ゆかりは可愛くない。

「あ、でもセクシャルな話題は悪くないねー。深夜に二人きりでならなお良し!!」
「お断りさせてもらうわ」
「んー、残念」

染谷が断る声がいつものトーンに戻ってたから。
無駄に苦しい思いをするはめにならずに済んだ。
唇だけじゃなくて心まで嘘つきになるのは中々に体力を使う作業だから。
あたしはただ染谷と良い友人関係を結びたいだけ。
だって、染谷可愛くないもん。
尊くも愛しくもない。
唇が腕が指先が耳も鼻も足も背中も全身でそう主張する。
なのに………。

「ね、順……」
「ん?」

澄んだ瞳があたしを射抜くから。
その声であたしを呼ぶから。

「……何で私の唇見つめてるの?」





『染谷ゆかりは可愛くない』
そう唇で嘘をついて
『彼女が可愛くないわけない』
そう瞳で訴える















……嘘をつけないそこだけが馬鹿みたいに真実を暴露する





END
(11/10/01)

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